白い結婚のはずでしたが、いつの間にか選ぶ側になっていました

ふわふわ

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第33話 白い結婚、名ばかりになる日

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第33話 白い結婚、名ばかりになる日

 その朝、
 リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、
 いつもより少し早く目を覚ました。

 理由は、
 はっきりしている。

(……胸が、落ち着きませんわね)

 心拍が、
 わずかに早い。

 不安ではない。
 恐怖でもない。

 ただ――
 何かが変わる予感が、
 確かにあった。

 白い結婚。

 それは、
 彼女にとって、
 守りの選択だった。

 干渉されない。
 奪われない。
 求められない。

 だが同時に――
 期待しなくていいという、
 安全地帯でもあった。

(……でも)

 今は、
 違う。

 “求められない”という前提が、
 いつの間にか、
 崩れている。

 求められているのに、
 奪われない。

 尊重されているのに、
 距離が縮まっている。

(……厄介ですわ)

 内心で、
 小さく苦笑する。

 こんな変化は、
 計画になかった。

 けれど――
 拒む理由も、
 もう、見当たらない。


---

 朝食の席。

 二人の距離は、
 相変わらず、
 形式上は変わらない。

 向かい合って座り、
 静かに食事をとる。

 だが――
 沈黙の質が、
 明らかに違っていた。

「……昨夜は、
 眠れたか」

 アレスト・グラーフが、
 不意に尋ねる。

「ええ。
 少し、考え事はしましたけれど」

 嘘ではない。

 彼は、
 それ以上、
 踏み込まなかった。

 だが、
 目線は、
 確実に彼女を捉えている。

 逃げない。
 押さない。

 それが、
 かえって、
 彼女の心を揺らす。

(……本当に)

(この人は、
 逃げ道を塞がない)

 だからこそ、
 自分から、
 近づいてしまいそうになる。


---

 午前。

 リオネッタは、
 執務補佐の資料をまとめながら、
 ふと、
 女執事長に声をかけた。

「……執事長」

「はい、奥方様」

「“白い結婚”という言葉、
 最近、
 聞きませんわね」

 女執事長は、
 一瞬だけ、
 表情を緩めた。

「……ええ。
 城では、
 もう、
 使われておりません」

「そう……」

「理由は、
 単純です」

 彼女は、
 穏やかに言う。

「誰も、
 そう見ていないからです」

 その一言は、
 想像以上に、
 重かった。

(……外から見て)

(もう、
 “白い”とは、
 思われていない)

 それが、
 嫌ではない。

 むしろ――
 自然だと感じている自分に、
 リオネッタは、
 少し驚いた。


---

 午後。

 二人は、
 並んで、
 小さな温室を訪れていた。

 公式な場ではない。
 仕事でもない。

 ただ、
 静かな時間。

「……ここは、
 好きだ」

 アレストが、
 珍しく、
 感想を口にする。

「ええ。
 私もですわ」

 植物の世話は、
 彼女の趣味の一つだった。

 無理に成長させない。
 過剰に手を加えない。

 ただ、
 環境を整える。

「……似ているな」

「何がですか?」

「我々のやり方に」

 その言葉に、
 彼女は、
 一瞬だけ、
 言葉を失う。

「……確かに」

 笑みが、
 自然に浮かんだ。

 並んで歩く。

 肩と肩が、
 かすかに触れる。

 だが、
 彼は、
 動かない。

 触れたからといって、
 距離を詰めない。

(……だから)

(私の方が、
 意識してしまう)

 温室の奥。

 少し狭い通路で、
 リオネッタが、
 足を止めた。

「……アレスト様」

「どうした」

 彼女は、
 一度、
 深く息を吸った。

「“白い結婚”という約束……」

 言葉を選ぶ。

「今でも、
 有効だと、
 思われますか?」

 その問いは、
 試すためではない。

 確認だった。

 アレストは、
 即答しなかった。

 だが、
 目を逸らさない。

「……約束は、
 守るものだ」

 一瞬、
 胸が締まる。

 だが――
 次の言葉が、
 続いた。

「だが、
 意味は、
 更新される」

 リオネッタは、
 息を呑む。

「我々は、
 互いを、
 縛らないために、
 白を選んだ」

「ええ……」

「今は」

 彼は、
 一歩だけ、
 近づいた。

「縛られずに、
 近づいている」

 その距離は、
 逃げようと思えば、
 逃げられる。

 だが――
 逃げたいとは、
 思わなかった。

「……私は」

 リオネッタは、
 正直に言う。

「白い結婚が、
 名ばかりになっても……
 構いませんわ」

 沈黙。

 そして――
 アレストは、
 静かに、
 頷いた。

「それなら」

 彼は、
 手を伸ばす。

 触れる前に、
 止めた。

「……拒むなら、
 今だ」

 その配慮が、
 彼らしかった。

 リオネッタは、
 迷わず、
 一歩、
 近づいた。

「拒みません」

 その瞬間、
 彼の手が、
 そっと、
 彼女の背に触れる。

 抱き寄せるほど、
 強くはない。

 だが――
 確かだ。

 白い結婚は、
 破られたわけではない。

 役割を終えただけだ。

 夕方。

 二人は、
 並んで、
 城へ戻った。

 誰も、
 何も言わない。

 だが、
 全員が、
 理解している。

 この日を境に、
 “白い結婚”は、
 説明のための言葉になった。

 実態は――
 もう、
 別の場所へ進んでいる。

 そして、
 リオネッタ自身も、
 それを、
 恐れてはいなかった。

 むしろ――
 選んだことを、
 誇らしく思っていた。


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