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第34話 後日談――王太子の完全失脚
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第34話 後日談――王太子の完全失脚
その知らせが王都を駆け巡ったのは、
ある意味で、
あまりにも静かな朝だった。
鐘は鳴らない。
兵の行進もない。
大広間に人が集められることもない。
だが――
一行の通達が、
すべてを終わらせた。
> 王太子アレクシオン殿下は、
政務判断能力の著しい欠如、
および王国経済への信頼低下を招いた責任を重く受け止め、
当面の間、王位継承順位を凍結する。
併せて、王城内政務からの完全退任を命ずる。
それは、
“処分”というより――
事実確認だった。
もはや、
誰もが分かっていたことを、
文字にしただけ。
だが、
文字にされた瞬間、
それは取り消せない。
王城の回廊は、
いつもと変わらぬ静けさを保っていた。
だが、
人々の視線は、
確実に変わっている。
「……殿下」
呼びかける声は、
以前より、
一段、低かった。
「……何だ」
アレクシオンは、
短く返す。
王太子用の執務室。
だが――
机の上には、
もう、
何も積まれていない。
決裁書類も、
報告書も、
判断を求める案件も。
すべて、
彼の前を通らなくなった。
(……そうか)
彼は、
ようやく、
現実を受け入れ始めていた。
“追放”ではない。
“幽閉”でもない。
ただ――
必要とされなくなった。
それだけだ。
かつて、
彼の一言で動いていた人々は、
今や、
彼の視線を避けて通る。
敵意はない。
憎悪もない。
関心がない。
それが、
何より、
残酷だった。
---
数日前。
評議会での最終確認。
王は、
深く、
深く、
疲れた表情をしていた。
「……アレクシオン」
名を呼ばれたとき、
彼は、
一瞬だけ、
期待してしまった。
何か、
救済があるのではないかと。
だが――
次の言葉で、
それは、
完全に打ち砕かれた。
「お前は、
判断を放棄した」
責める声ではない。
ただ、
事実を述べる声。
「そして、
それを補っていた者を、
自ら切り捨てた」
会議室が、
静まり返る。
誰も、
異議を唱えない。
なぜなら――
全員が、
同じ認識だったから。
「王太子の立場は、
権利ではない」
王は、
淡々と続ける。
「責務だ」
「……っ」
「果たせないなら、
座る理由がない」
それで、
終わりだった。
弁明の機会は、
与えられた。
だが――
彼は、
何も言えなかった。
“できなかった理由”は、
いくらでもあった。
だが、
“できなかった事実”は、
消えない。
それを、
誰よりも、
彼自身が理解していた。
---
現在。
私室。
アレクシオンは、
一人、
椅子に座っていた。
窓の外では、
城の中庭が見える。
かつて、
多くの人間が、
彼の視線を意識して通った場所。
今は、
誰も、
彼を気にしていない。
(……当然だ)
彼は、
小さく、
笑った。
自嘲だった。
(価値があるのは、
立場じゃない)
(“機能”だ)
それを、
教えてくれたのは――
皮肉にも、
彼が、
最も軽んじた存在だった。
リオネッタ・ラーヴェンシュタイン。
彼女は、
命令されずとも、
考え、
決め、
動いた。
自分は――
命令されなければ、
考えなかった。
いや、
考えている“つもり”で、
何も決めなかった。
(……俺は)
(王太子だったが、
王ではなかった)
そして、
その資格も、
今は、
ない。
---
夕刻。
元王太子のもとに、
一通の書簡が届いた。
差出人は、
隣国。
いや――
正確には、
グラーフ公爵領。
震える手で、
封を切る。
中身は、
簡潔だった。
> 貴殿が関与していた案件について、
既に、すべて再編が完了した。
今後、貴殿の判断を必要とする事案は存在しない。
追い打ちではない。
挑発でもない。
完全な切り離し。
そこには、
リオネッタの名は、
一切、
書かれていなかった。
だが――
それが、
何よりの証拠だった。
彼女は、
もう、
過去を振り返らない。
自分は――
“過去”になった。
「……終わったな」
呟きは、
誰にも、
届かない。
それで、
よかった。
王太子アレクシオンは、
この日、
完全に、
歴史から降りた。
誰かに、
断罪されることもなく。
誰かに、
許されることもなく。
ただ――
必要とされなくなった結果として。
それが、
彼の選択の、
最終的な帰結だった。
--
その知らせが王都を駆け巡ったのは、
ある意味で、
あまりにも静かな朝だった。
鐘は鳴らない。
兵の行進もない。
大広間に人が集められることもない。
だが――
一行の通達が、
すべてを終わらせた。
> 王太子アレクシオン殿下は、
政務判断能力の著しい欠如、
および王国経済への信頼低下を招いた責任を重く受け止め、
当面の間、王位継承順位を凍結する。
併せて、王城内政務からの完全退任を命ずる。
それは、
“処分”というより――
事実確認だった。
もはや、
誰もが分かっていたことを、
文字にしただけ。
だが、
文字にされた瞬間、
それは取り消せない。
王城の回廊は、
いつもと変わらぬ静けさを保っていた。
だが、
人々の視線は、
確実に変わっている。
「……殿下」
呼びかける声は、
以前より、
一段、低かった。
「……何だ」
アレクシオンは、
短く返す。
王太子用の執務室。
だが――
机の上には、
もう、
何も積まれていない。
決裁書類も、
報告書も、
判断を求める案件も。
すべて、
彼の前を通らなくなった。
(……そうか)
彼は、
ようやく、
現実を受け入れ始めていた。
“追放”ではない。
“幽閉”でもない。
ただ――
必要とされなくなった。
それだけだ。
かつて、
彼の一言で動いていた人々は、
今や、
彼の視線を避けて通る。
敵意はない。
憎悪もない。
関心がない。
それが、
何より、
残酷だった。
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数日前。
評議会での最終確認。
王は、
深く、
深く、
疲れた表情をしていた。
「……アレクシオン」
名を呼ばれたとき、
彼は、
一瞬だけ、
期待してしまった。
何か、
救済があるのではないかと。
だが――
次の言葉で、
それは、
完全に打ち砕かれた。
「お前は、
判断を放棄した」
責める声ではない。
ただ、
事実を述べる声。
「そして、
それを補っていた者を、
自ら切り捨てた」
会議室が、
静まり返る。
誰も、
異議を唱えない。
なぜなら――
全員が、
同じ認識だったから。
「王太子の立場は、
権利ではない」
王は、
淡々と続ける。
「責務だ」
「……っ」
「果たせないなら、
座る理由がない」
それで、
終わりだった。
弁明の機会は、
与えられた。
だが――
彼は、
何も言えなかった。
“できなかった理由”は、
いくらでもあった。
だが、
“できなかった事実”は、
消えない。
それを、
誰よりも、
彼自身が理解していた。
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現在。
私室。
アレクシオンは、
一人、
椅子に座っていた。
窓の外では、
城の中庭が見える。
かつて、
多くの人間が、
彼の視線を意識して通った場所。
今は、
誰も、
彼を気にしていない。
(……当然だ)
彼は、
小さく、
笑った。
自嘲だった。
(価値があるのは、
立場じゃない)
(“機能”だ)
それを、
教えてくれたのは――
皮肉にも、
彼が、
最も軽んじた存在だった。
リオネッタ・ラーヴェンシュタイン。
彼女は、
命令されずとも、
考え、
決め、
動いた。
自分は――
命令されなければ、
考えなかった。
いや、
考えている“つもり”で、
何も決めなかった。
(……俺は)
(王太子だったが、
王ではなかった)
そして、
その資格も、
今は、
ない。
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夕刻。
元王太子のもとに、
一通の書簡が届いた。
差出人は、
隣国。
いや――
正確には、
グラーフ公爵領。
震える手で、
封を切る。
中身は、
簡潔だった。
> 貴殿が関与していた案件について、
既に、すべて再編が完了した。
今後、貴殿の判断を必要とする事案は存在しない。
追い打ちではない。
挑発でもない。
完全な切り離し。
そこには、
リオネッタの名は、
一切、
書かれていなかった。
だが――
それが、
何よりの証拠だった。
彼女は、
もう、
過去を振り返らない。
自分は――
“過去”になった。
「……終わったな」
呟きは、
誰にも、
届かない。
それで、
よかった。
王太子アレクシオンは、
この日、
完全に、
歴史から降りた。
誰かに、
断罪されることもなく。
誰かに、
許されることもなく。
ただ――
必要とされなくなった結果として。
それが、
彼の選択の、
最終的な帰結だった。
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