聖女と呼ばれたくなかった公爵令嬢は、静かにざまぁを選ぶ

ふわふわ

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第十話 一線の手前

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第十話 一線の手前

 教会の動きは、もはや隠そうともしていなかった。

 特別祈祷、特別献金、特別な聖具。
 それらはすべて「選ばれた者のため」という名目で用意され、実際には“支払える者”だけが対象になっている。信仰の言葉をまとってはいるが、実態は完全に階層化された商売だった。

 ヘレン・バートンは、執務机に並べられた報告書を眺めながら、静かに状況を整理していた。

 金を出せば、聖女が来る。
 さらに金を出せば、祈りの時間が延びる。
 最上位の献金者には、「非公開の祝福」まで用意されているという。

「……ずいぶん、分かりやすくなりましたわね」

 皮肉を含まない声で、そう呟く。

 信仰とは、本来、平等であるはずのものだ。
 少なくとも、建前としては。

 だが今の教会は、その建前すら守ろうとしなくなっている。成功が確信に変わり、慎重さが失われた結果だろう。

 午後、ヘレンは屋敷に届いた一通の手紙を手に取った。差出人は、遠縁にあたる地方貴族だ。

 内容は、慎重な言葉で綴られていたが、要点は一つだった。
 ――教会から、寄付の増額を強く勧められている。

「断れば、どうなるのかと聞いたら……」

 手紙の文面を追い、ヘレンは小さく息を吐く。

 ――聖女様の加護を疑うおつもりですか、と言われた。
 ――家名を思えば、協力すべきではないか、と。

(……脅しですわね)

 露骨ではないが、十分だ。
 信仰を盾にすれば、相手は反論できない。

 ヘレンは手紙を畳み、机の端に置いた。

 これで、はっきりした。
 教会は、もはや“売る側”ではない。
 従わせる側に回り始めている。

 夕刻、馬車で王都を通った際、教会前の広場が騒がしいことに気づいた。人だかりの中心では、聖職者が声高に語っている。

「聖女様は、選ばれし者の祈りに、より強く応えられます!」
「それは、信仰の深さの違いなのです!」

 人々は頷き、ざわめき、財布を握りしめる。

 ヘレンは、その光景を静かに見つめた。

(“信仰の深さ”を、金で測るようになった)

 それは、危険な兆候だった。

 屋敷に戻ると、夜になっていた。
 書斎で灯りをつけ、ヘレンは椅子に腰掛ける。

 ここまで来ても、彼女はまだ動かない。
 理由は単純だ。

(……まだ、私の線は越えていません)

 不快ではある。
 不正も見えている。
 だが、それを止める役目は、本来、別の場所にある。

 教会は教会で裁かれるべきだ。
 自分が出る必要は、まだない。

 だが同時に、確信していた。

 欲に目が曇った者たちは、
 必ず、より強い正当性を求める。

 奇跡だけでは足りない。
 聖女という肩書きだけでも足りない。

(……次に欲しがるのは、“由緒”)

 歴史。
 伝説。
 民衆が疑うことすら許されない、絶対的な名。

 ヘレンは、そっと目を閉じた。

(そこに、私の名前が出てきたら――)

 その先は、考えるまでもない。

 紅茶を一口飲み、カップを置く。

「……本当に」

 小さく、しかしはっきりと呟いた。

「やりすぎですわよ、あなた方」

 この時点では、まだ“警告”ですらない。
 ただの、確認だ。

 だが、教会はその確認を、
 決して聞こうとしないだろう。

 だからこそ――
 ヘレンは知っていた。

 静観の時間は、
 もう長くは続かない。

 越えてはならない一線が、
 すぐそこまで来ていることを。
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