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第十四話 最初の失敗
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第十四話 最初の失敗
中央広場は、朝から異様な熱気に包まれていた。
教会が告知した「新たな奇跡」の披露。
その言葉だけで、人は集まる。露店が並び、祈りの言葉が飛び交い、期待と興奮が空気を満たしていた。
ヘレン・バートンは、その場にいない。
屋敷の書斎で、いつも通りの時間を過ごしている――少なくとも、外から見ればそうだった。だが彼女の意識は、すでに広場の中心に向いている。
(派手にやるつもりですわね)
報告書にあった計画を思い返す。
聖女マルガリータは、壇上で祈りを捧げ、光とともに宙へ浮かび上がる。人々の視線が集まる瞬間を計算し尽くした演出だ。
だが、その奇跡は“成立条件”に依存している。
視線の集中。
観衆の期待。
そして、細工の前提。
ヘレンは、深く息を吸った。
(少しだけ、ずらせばいい)
力を誇示する必要はない。
邪魔をしたと悟らせる必要もない。
ただ、成立しない状況を作るだけだ。
広場では、聖女マルガリータが姿を現した。白い衣、柔らかな微笑み。人々は息を呑み、祈りの言葉を口にする。
「――神よ」
その声が響いた瞬間、ヘレンは静かに“外した”。
支えになっている前提を、ほんのわずかに。
人の集中が、一瞬だけ散る。
次の瞬間。
聖女の足元が、不自然に揺れた。
「……?」
浮かび上がるはずの身体は、宙に留まらない。
衣がふわりと舞い、次の拍子に、彼女は短く悲鳴を上げた。
どさり、と音がして、聖女マルガリータは壇上に尻もちをついた。
一拍の沈黙。
続いて、ざわめき。
「い、今のは……?」
「失敗……?」
教会関係者が慌てて壇上に駆け寄る。
「し、失礼! 本日は風が強く……!」
誰かがそう叫び、場を繕おうとする。
だが、民衆の視線は揺れていた。
ヘレンは、書斎で紅茶を口に運んだ。
(ええ、最初はこれでいい)
一度の失敗で、すべては崩れない。
むしろ、成功の一部として処理される。
重要なのは、“起こり得る”と示すこと。
奇跡は、絶対ではないのだと。
広場では、教会幹部が聖女に声をかけている。
「……大丈夫か?」
「……少し、集中が乱れただけです」
マルガリータは、笑顔を作ろうとしたが、目は泳いでいた。
観衆のざわめきが、耳に刺さる。
ヘレンは、そっと目を閉じる。
(次は、言い訳を重ねる段階)
風。
体調。
場の空気。
理由はいくらでも用意できる。
だが、失敗が重なれば、理由は重さに耐えられなくなる。
その日の夕方、王都には噂が流れ始めた。
「今日の奇跡、少し変じゃなかった?」
「聖女様、お尻を打ったそうよ」
笑いと不安が、混じり合う。
ヘレンは、机に置いた報告書を閉じた。
「……始まりましたわね」
これは、攻撃ではない。
復讐でもない。
ただ、現実を現実として、表に出す作業だ。
そして教会は、まだ理解していない。
この“最初の失敗”が、
偶然ではなく、
連鎖の起点であることを。
夜の鐘が鳴る。
ヘレンは静かに立ち上がり、窓を閉めた。
次の奇跡も、
きっと失敗する。
――それが、当たり前になるまで。
中央広場は、朝から異様な熱気に包まれていた。
教会が告知した「新たな奇跡」の披露。
その言葉だけで、人は集まる。露店が並び、祈りの言葉が飛び交い、期待と興奮が空気を満たしていた。
ヘレン・バートンは、その場にいない。
屋敷の書斎で、いつも通りの時間を過ごしている――少なくとも、外から見ればそうだった。だが彼女の意識は、すでに広場の中心に向いている。
(派手にやるつもりですわね)
報告書にあった計画を思い返す。
聖女マルガリータは、壇上で祈りを捧げ、光とともに宙へ浮かび上がる。人々の視線が集まる瞬間を計算し尽くした演出だ。
だが、その奇跡は“成立条件”に依存している。
視線の集中。
観衆の期待。
そして、細工の前提。
ヘレンは、深く息を吸った。
(少しだけ、ずらせばいい)
力を誇示する必要はない。
邪魔をしたと悟らせる必要もない。
ただ、成立しない状況を作るだけだ。
広場では、聖女マルガリータが姿を現した。白い衣、柔らかな微笑み。人々は息を呑み、祈りの言葉を口にする。
「――神よ」
その声が響いた瞬間、ヘレンは静かに“外した”。
支えになっている前提を、ほんのわずかに。
人の集中が、一瞬だけ散る。
次の瞬間。
聖女の足元が、不自然に揺れた。
「……?」
浮かび上がるはずの身体は、宙に留まらない。
衣がふわりと舞い、次の拍子に、彼女は短く悲鳴を上げた。
どさり、と音がして、聖女マルガリータは壇上に尻もちをついた。
一拍の沈黙。
続いて、ざわめき。
「い、今のは……?」
「失敗……?」
教会関係者が慌てて壇上に駆け寄る。
「し、失礼! 本日は風が強く……!」
誰かがそう叫び、場を繕おうとする。
だが、民衆の視線は揺れていた。
ヘレンは、書斎で紅茶を口に運んだ。
(ええ、最初はこれでいい)
一度の失敗で、すべては崩れない。
むしろ、成功の一部として処理される。
重要なのは、“起こり得る”と示すこと。
奇跡は、絶対ではないのだと。
広場では、教会幹部が聖女に声をかけている。
「……大丈夫か?」
「……少し、集中が乱れただけです」
マルガリータは、笑顔を作ろうとしたが、目は泳いでいた。
観衆のざわめきが、耳に刺さる。
ヘレンは、そっと目を閉じる。
(次は、言い訳を重ねる段階)
風。
体調。
場の空気。
理由はいくらでも用意できる。
だが、失敗が重なれば、理由は重さに耐えられなくなる。
その日の夕方、王都には噂が流れ始めた。
「今日の奇跡、少し変じゃなかった?」
「聖女様、お尻を打ったそうよ」
笑いと不安が、混じり合う。
ヘレンは、机に置いた報告書を閉じた。
「……始まりましたわね」
これは、攻撃ではない。
復讐でもない。
ただ、現実を現実として、表に出す作業だ。
そして教会は、まだ理解していない。
この“最初の失敗”が、
偶然ではなく、
連鎖の起点であることを。
夜の鐘が鳴る。
ヘレンは静かに立ち上がり、窓を閉めた。
次の奇跡も、
きっと失敗する。
――それが、当たり前になるまで。
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