聖女と呼ばれたくなかった公爵令嬢は、静かにざまぁを選ぶ

ふわふわ

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第十六話 切れた支え

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第十六話 切れた支え

 夜の祈祷会は、昼の広場よりも空気が張りつめていた。

 松明と燭台が並び、聖堂の天井近くまで淡い光が揺れている。闇が深いほど、光は強く見える。教会は、その効果をよく理解していた。

 壇上に立つ聖女マルガリータは、昼間よりも慎重だった。浮遊の失敗以降、彼女は「安全な奇跡」しか選ばせてもらえない。今夜は、光が集まり、祝福の輝きが降り注ぐ――それだけのはずだった。

 祈りが始まる。

 静寂。
 視線の集中。
 期待が、聖堂を満たす。

 ヘレン・バートンは、その場にいない。だが、意識は確かにそこにあった。奇跡が成立するための“支え”を、彼女はすでに見極めている。

(……ここですわね)

 ほんの一瞬、条件を外す。
 力を加えるのではない。
 ただ、支えを切る。

 次の瞬間。

 天井近くから降り注ぐはずだった光が、不自然に途切れた。輝きは散り、集まらず、焦点を結ばない。まるで、準備だけが空回りしているように。

 聖堂に、ざわめきが走る。

「……あれ?」
「今、光が……」

 マルガリータは、息を詰めた。
 祈りの言葉は続いているのに、反応がない。

 そして――。

 ぎしり、と嫌な音がした。

 次の瞬間、身体がふっと沈む。
 見えないはずの支えが、突然失われた。

「きゃっ――!」

 短い悲鳴とともに、マルガリータはその場に崩れ落ちた。壇上に尻もちをつき、息を詰まらせる。

 沈黙。

 誰もが、何が起きたのか理解できずにいる。

「……ワイヤーが切れた?」

 誰かの声が、小さく漏れた。

 教会関係者が慌てて駆け寄る。

「だ、大丈夫ですか!」
「どうして……こんなはずは……」

 マルガリータは、痛みに顔を歪めながら、必死に言い返した。

「わ、私は悪くないわ……! ちゃんと、祈ったもの……!」

「……このワイヤーが切れるなんて……」

 別の幹部が、床に落ちた切れ端を見て呟く。

「マルガリータ……お前、太ったか?」

「失礼ね! 太ってません!」

 怒鳴り返した拍子に、さらに顔をしかめる。

「それより、あなたたちの点検がずさんなのよ! ……いまだに、お尻が痛いんだから!」

 聖堂の後方で、くすりと笑いが漏れた。

 すぐに押し殺されたが、完全には消えなかった。

 ヘレンは、屋敷の書斎でその報告を聞いていた。
 執事の声は、いつもよりわずかに慎重だ。

「……祈祷会は、途中で中止になったそうです」

「そう」

 短く答え、紅茶を口に運ぶ。

(ええ、これでいい)

 一度目は偶然。
 二度目は不運。

 だが、同じ種類の失敗が重なれば、人は考え始める。

「……奇跡って、こんなに壊れやすいものだったか?」

 その疑問が芽生えた時点で、
 教会の舞台装置は、もう完全ではない。

 その夜、王都では囁きが増えた。

「また失敗したそうよ」
「聖女様、最近ついてないわね」

 言葉は、まだ柔らかい。
 だが、方向は変わった。

 ヘレンは、窓の外を見ながら静かに思う。

(次は、言い訳がきつくなりますわ)

 風でも、体調でも、説明できない失敗。
 それを繰り返せば、
 説明そのものが疑われる。

 切れたのは、ワイヤーだけではない。
 聖女と教会を支えていた、
 “当然うまくいくはずだ”という前提だ。

 そして一度切れた支えは、
 もう、簡単には繋がらない。

 次の奇跡も、
 同じ運命を辿る。
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