聖女と呼ばれたくなかった公爵令嬢は、静かにざまぁを選ぶ

ふわふわ

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第二十一話 静かな終焉

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第二十一話 静かな終焉

 告白の余波は、怒号ではなく沈黙として広がった。

 中央広場を満たしていた人々は、その場で騒ぎ立てることも、誰かを殴りつけることもなかった。ただ、それぞれが言葉を失い、自分が何を信じ、何を差し出してきたのかを思い返していた。

 怒りよりも先に来たのは、理解だった。

 ――ああ、そうだったのか。
 ――だから、最近はうまくいかなかったのか。

 その納得が、かえって重くのしかかる。

 教会の幹部たちは、必死に場を収めようとした。告白は個人の暴走であり、教会としては正式な調査を行う予定だと繰り返す。だが、その言葉に耳を傾ける者は、ほとんどいなかった。

 信じていたものが崩れた瞬間、人は説明よりも事実を優先する。

 マルガリータは、演台の前で立ち尽くしていた。もう、何かを付け足す必要はない。言うべきことは、すべて口にした。彼女の中で、長く続いていた緊張が、糸が切れたようにほどけていく。

 同時に、恐怖も消えていた。

 もう、演じなくていい。
 もう、奇跡を起こさなくていい。

 それだけで、胸が軽くなる。

 ヘレン・バートンは、人々の表情を静かに観察していた。誰もが、怒りよりも疲れた顔をしている。期待を裏切られたというより、期待し続けることに疲れていたのだ。

(これが、終わり方ですわね)

 派手な断罪も、即座の逮捕もない。だが、この静けさこそが、教会にとって最も致命的だった。

 翌日から、変化は目に見えて現れた。

 教会の門は開いているが、訪れる者はまばらだ。寄付箱は空のまま。護符や聖具を扱っていた露店も、姿を消した。代わりに、人々は市井の神殿や古い信仰へと戻っていく。

 王宮も、沈黙を守った。

 下手に介入すれば、火に油を注ぐだけだ。まずは、状況が落ち着くのを待つ。それが、最も現実的な判断だった。

 ヘレンは、屋敷の書斎で紅茶を飲みながら、報告書に目を通す。

「……思ったより、穏やかですわね」

 執事が、静かに頷く。

「怒りは、燃え尽きるのも早いものです。しかし、失った信用は――」

「ええ。戻りません」

 言葉を継ぐ必要はなかった。

 人は、騙されたことよりも、「信じていた自分」を否定されることを嫌う。だからこそ、二度と同じ場所には戻らない。

 午後、ヘレンは本を閉じ、窓の外を見る。王都は、何事もなかったかのように動いている。だが、その内側では、確かに何かが終わった。

「……少し、大人げなかったかしら」

 ふと、そう呟いてから、すぐに首を振る。

「いいえ」

 やりすぎたのではない。
 歪みが、限界まで膨らんでいただけだ。

 それが、静かに破裂した。
 ただ、それだけの話。

 ヘレンは、カップを置いた。

 この件は、もう彼女の手を離れつつある。
 あとは、現実が後始末をする番だ。

 そして、誰にも気づかれないまま、
 王都の日常は、次の章へと進み始めていた。
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