聖女と呼ばれたくなかった公爵令嬢は、静かにざまぁを選ぶ

ふわふわ

文字の大きさ
28 / 40

第二十八話 何も起きない日

しおりを挟む
第二十八話 何も起きない日

 特別な知らせは、届かなかった。

 王都は穏やかで、噂も立たず、誰かが注目を集めることもない。数日前まで続いていた騒動が嘘のように、日々は淡々と流れている。

 ヘレン・バートンは、その「何も起きなさ」を、少しだけ意識していた。

 朝は決まった時間に起き、簡単な食事を取り、執務室で書類を確認する。午後は庭を一巡し、使用人たちの進捗を確かめ、夕方には紅茶と本。どれも、誰かに求められた役割ではない。

(……静かすぎるくらいですわね)

 前世では、静かな日は不安だった。
 祈りが届かないのではないか。
 誰かを救い損ねているのではないか。

 だが今は違う。

 何も起きない日は、
 誰も困っていない日だ。

 午後、庭仕事を終えた使用人が、何気ない話をする。

「最近は、教会の話を聞かなくなりましたね」

「ええ。代わりに、町の小さな神殿が賑わっているそうです」

 それを聞き、ヘレンは頷いた。

 信仰は、消えたのではない。
 元の場所へ戻っただけだ。

 人々は、奇跡を求めなくなったわけではない。ただ、奇跡に値段が付くことを、ようやく不自然だと感じ始めた。

 夕方、執事から軽い報告がある。

「地方で、教会の旧施設が閉鎖されるようです」

「そう」

 短く答え、それ以上は聞かない。
 終わったことに、関心を持ち続ける必要はない。

 夜、書斎で灯りを落とし、窓辺に立つ。
 遠くで、町の音が微かに響く。

(私は……救わなくてよかったのね)

 前世では、救うことが存在理由だった。
 今世では、救わない自由がある。

 それは、逃げではなく選択だ。

 ヘレンは、静かに目を閉じる。

 明日も、何も起きないだろう。
 だが、それは空白ではない。

 積み重なる日常が、
 確かな重さを持って、
 彼女の足元を支えている。

 ――何も起きない日。
 それは、
 彼女が最も大切にしたい結末だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...