聖女と呼ばれたくなかった公爵令嬢は、静かにざまぁを選ぶ

ふわふわ

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第二十九話 小さな余波

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第二十九話 小さな余波

 何も起きない日が続く中で、ほんの小さな変化が、静かに顔を出し始めていた。

 王都の市場では、教会の護符に代わって、日用品や保存食がよく売れるようになったという。以前は「不安に備える祈り」が買われていた場所で、今は「明日に備える物」が選ばれている。

 変化は派手ではない。
 だが、確かに方向が変わっている。

 ヘレン・バートンは、その話を聞きながら、書類に目を通していた。領地でも同じ傾向が見られる。寄付として流れていた金が、農具や備蓄へと回り始めているのだ。

(信仰が現実に戻ってきましたわね)

 奇跡に期待するより、
 自分たちで備える。

 それは、不信ではなく成熟だった。

 午後、屋敷に一人の来客があった。地方の小神殿の司祭だという。大げさな挨拶もなく、用件は短かった。

「最近、相談に来る人が増えまして……
 奇跡を求めるというより、話を聞いてほしい、と」

 ヘレンは、静かに頷く。

「それで、足りていますか?」

「はい。
 むしろ、その方が長く続く気がします」

 司祭は、少しだけ安堵した表情で帰っていった。

 ヘレンは、その背中を見送りながら思う。

 人は、誰かに救われたいのではなく、
 誰かに聞いてもらいたいだけの時もある。

 前世では、その違いを、理解しきれなかった。

 夕方、庭に出ると、花壇に小さな芽が出ているのを見つけた。誰かが奇跡を起こしたわけではない。季節が巡り、土が温まり、水が足りていただけだ。

「……順調ですわね」

 呟くと、自然と微笑みが浮かぶ。

 夜、書斎で本を閉じ、ランプを消す。
 特別な達成感はない。

 だが、確かな感覚がある。

 ――これは、正しい終わり方だ。

 派手な裁きも、劇的な救済もない。
 ただ、人が自分の足で立ち直っていく。

 ヘレンは、静かに息を整え、眠りにつく。

 物語は、もう大きく動かない。
 それでも、世界は前へ進む。

 その歩みを、
 彼女は、これからも
 少し離れた場所から見守っていくつもりだった。
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