婚約破棄された公爵令嬢ですが、王太子を破滅させたあと静かに幸せになります

ふわふわ

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第3話 追放の宣告、砕けた居場所

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第3話 追放の宣告、砕けた居場所

 王城を出た瞬間、夜風がエレナの頬を打った。
 きらびやかな広間の熱気とは正反対の、冷たく乾いた空気。まるで、彼女がこの場所に属する人間ではないと告げるかのようだった。

 長い回廊を抜け、控え室として使われていた小部屋に案内される。
 付き従う侍女は二人。どちらも視線を伏せ、余計な言葉を一切発しない。その沈黙が、今のエレナには何よりも重かった。

「……ここで、お待ちください」

 短く告げられ、扉が閉められる。
 鍵のかかる音が、やけに大きく響いた。

 一人きりになった途端、足から力が抜け、エレナは椅子に崩れ落ちた。
 指先が震える。胸の奥が、ずきずきと痛む。

(終わった……の?)

 王太子の婚約者という立場。
 公爵家の令嬢としての誇り。
 積み上げてきた年月。

 それらすべてが、あの一言で消え去った。

 ――地味で、退屈で、役立たず。

 ルイスの言葉が、何度も頭の中で反芻される。
 癒しの魔法を磨くために、どれほどの努力をしてきたか。夜通し文献を読み、怪我人に寄り添い、時には命を削るような思いで魔力を使ったこともあった。

 それでも、評価は「掃いて捨てるほどいる」だった。

 唇を噛みしめた、その時だった。

 ――コン、コン。

 扉がノックされ、すぐに開く。
 入ってきたのは、王城の役人と、見覚えのある宮廷魔導師だった。

「エレナ・フォン・ローレンツ」

 名を呼ばれ、エレナはゆっくりと顔を上げる。

「王太子殿下の命により、通達を行う」

 淡々と読み上げられる声。そこに感情は一切ない。

「本日をもって、あなたは王城への立ち入りを禁ずる。また、王都医療局における癒しの魔法の使用権限は、すべて剥奪される」

 ――剥奪。

 その言葉が、胸に重く落ちた。

「な……」

「加えて、公爵家の意向を踏まえ、あなたは王都を離れ、領地外――辺境へ移ることを命じられる」

 はっきりとした追放宣告だった。

「待ってください……癒しの魔法は、怪我人や病人のためのものです。私情で奪うなど……」

 思わず声を上げると、宮廷魔導師が眉をひそめた。

「それは、王太子殿下の判断だ」

 それ以上、取り合うつもりはないらしい。

 役人は一通の書状を机の上に置いた。

「出立は三日以内。それまでに、必要最低限の私物のみをまとめるように」

 そう告げると、二人は踵を返し、部屋を出て行った。

 扉が閉まる。
 再び、静寂。

 エレナは机の上の書状を見つめた。
 正式な文面。王国の紋章。逃げ道は、どこにもない。

「……父様は……」

 呟いた声は、虚しく宙に溶けた。

 あの場で父は、確かに何も言わなかった。
 庇うことも、異議を唱えることもなく、ただ「家名のため」と言い切った。

 ――私は、切り捨てられた。

 事実を認めた瞬間、胸の奥で何かが音を立てて崩れた。
 期待していた自分が、どこかにまだ残っていたのだと、今になって気づく。

 その夜、エレナは公爵家の屋敷へ戻った。

 広間には灯りがともっていたが、迎えに出る者はいない。
 すれ違う使用人たちも、目を合わせようとしなかった。

 自室に入ると、そこは驚くほど整然としていた。
 まるで、最初から「いなくなる準備」がされていたかのように。

「……そう、ですか」

 思わず、乾いた笑いがこぼれる。

 クローゼットを開けると、既にいくつかの衣装は消えていた。
 貴族として必要最低限と判断されたものだけが残されている。

 机の引き出しから、古い日記帳を取り出す。
 幼い頃、初めて癒しの魔法が成功した日のこと。
 ルイスが「すごいな」と笑ってくれた日のこと。

 ぱたりと閉じた。

 ――もう、戻らない。

 その時、胸の奥で再び、あの感覚が蠢いた。

 温かく、優しい癒しの魔力とは違う。
 冷たく、静かで、しかし確かな力。

(……呪い……?)

 ふと浮かんだ言葉に、エレナは息を呑む。
 そんな魔法、習った覚えはない。けれど、否定できないほど、しっくりとくる。

 ――奪われたのなら、取り戻せばいい。
 ――踏みにじられたのなら、立ち上がればいい。

 その思考は、これまでの自分なら決して抱かなかったものだ。

 けれど、今は違う。

 エレナは静かに立ち上がり、窓を開けた。
 夜空には、冷たい星が瞬いている。

「……私は、終わらない」

 誰に聞かせるでもなく、そう告げた。

 癒すだけの令嬢は、王都から追われた。
 だがその代わりに、彼女は自分の中に眠っていた“別の力”と向き合うことになる。

 それが、復讐への第一歩だと、この時のエレナはまだ、はっきりとは理解していなかった。
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