婚約破棄された公爵令嬢ですが、王太子を破滅させたあと静かに幸せになります

ふわふわ

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第6話 闇より現れた青年、救いの手

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第6話 闇より現れた青年、救いの手

 洞の外で、再び枯れ枝を踏み折る音がした。
 エレナは息を殺し、身体を低く構える。火はすでに消してある。闇に慣れた目には、洞の入口が淡く輪郭を持って浮かび上がっていた。

(……落ち着いて)

 相手が人間であっても、安心はできない。
 この森に足を踏み入れる者など、狩人か、追放者か、あるいは――ならず者。

 エレナはそっと掌に魔力を集めた。
 癒しではない。
 冷たい方の力――呪いの魔力だ。

 使うつもりはない。ただ、いつでも使えるように。

 そのとき、洞の入口に影が差した。

「……誰か、いるのか?」

 低く落ち着いた男の声。
 荒々しさはないが、警戒を含んだ声音だった。

 エレナの胸が小さく跳ねる。

(声が……若い)

 魔物ではない。
 だが、それだけでは判断できない。

「……誰ですか」

 震えを押し殺し、エレナは問い返した。

 影が一瞬、ぴたりと止まる。
 そして、慎重な足取りで、洞の入口から半身を覗かせた。

 月明かりに照らされたその姿を見て、エレナは思わず息を呑んだ。

 長身で、引き締まった体躯。
 夜色の外套に身を包み、腰には剣。
 だが、その顔立ちは驚くほど整っており、鋭い瞳の奥に、どこか憂いを帯びている。

「……驚かせたなら、すまない」

 男は両手を軽く上げ、敵意がないことを示した。

「俺はカイル。森を抜ける途中で、火の気配を感じた」

 カイル、と名乗った青年は、エレナをじっと見つめる。
 その視線は探るようでありながら、無遠慮ではなかった。

「……あなたこそ、こんな時間に一人でいるとは」

 エレナは慎重に言葉を選ぶ。

「ここは危険な森です」

「それはお互い様だな」

 カイルは小さく苦笑した。

「……怪我はないか?」

 その一言で、エレナの緊張がわずかに緩んだ。
 だが、同時に身体の奥で、違和感が膨らむ。

(……?)

 癒しの魔法が、反応している。
 目の前の青年から、微かだが確かな“傷”の気配を感じ取っていた。

「あなた……怪我をしています」

 思わず口にすると、カイルは眉をひそめた。

「分かるのか?」

「……ええ」

 エレナは一歩踏み出しかけ、しかし躊躇する。

 癒しの魔法は、もう公的には使えない。
 だが、目の前の人間が傷ついているのを見過ごすことは、どうしてもできなかった。

「放っておくと、熱が出ます」

 そう告げると、カイルは一瞬黙り込み、それから肩をすくめた。

「……隠しても無駄、か」

 外套を少しだけずらすと、脇腹に滲む血痕が見えた。
 応急処置はされているが、完全ではない。

「魔物にやられた。大したことはない」

「……大したことがあるから、私には分かるんです」

 エレナはそう言い、決意を固める。

「癒します。信じてください」

 カイルはしばらくエレナを見つめていたが、やがて小さく頷いた。

「……分かった。頼む」

 洞の奥へ招き入れ、エレナは再び小さな火を灯す。
 その淡い光の中で、彼女は静かに魔力を巡らせた。

 癒しの魔法が、温かな光となって傷を包み込む。
 血が止まり、裂けた皮膚がゆっくりと塞がっていく。

 カイルは目を見開いた。

「……これは……」

「騒がないでください」

 エレナは小さく微笑む。

「私、癒しの魔法の使い手なんです」

 癒しが終わると、エレナはふらりとよろめいた。
 思った以上に、魔力を消耗していたらしい。

「……大丈夫か」

 カイルが慌てて支える。

「少し、使いすぎただけです」

 そう言いながらも、視界が揺れる。
 追放されてからの疲労、緊張、そして毒の影響が、今になって表に出てきた。

 次の瞬間、エレナの意識は闇に沈んだ。

 ――――――――

 次に目を覚ましたとき、視界に映ったのは、揺れる炎と、見慣れない天井だった。

「……ここは……?」

「気がついたか」

 すぐそばから、カイルの声がする。

 洞ではない。
 簡素だが、しっかりとした造りの小屋だった。

「俺の仮の拠点だ。森の奥にある」

 エレナはゆっくりと身を起こし、周囲を見回す。

「……私を、運んだのですか」

「ああ。あのままでは危なかった」

 カイルは苦笑しながら言った。

「無茶をするな。追われている身か?」

 エレナは一瞬、言葉に詰まる。
 だが、ここで嘘をつく理由はない。

「……追放されたんです」

 静かに、そう告げた。

 カイルは驚いた様子も見せず、ただ深く頷いた。

「……なるほど。事情は聞かない」

 その言葉に、エレナは思わず目を見開く。

「聞かなくて、いいんですか」

「聞かれたくないこともあるだろう」

 カイルは淡々と答える。

「俺も、同じだ」

 その瞳の奥に、一瞬だけ影が落ちた。
 彼もまた、何かを抱えている。

 エレナは胸の奥が、少しだけ温かくなるのを感じた。

 追放され、孤独だと思っていた。
 だが、この森で出会った青年は、確かに彼女の手を取ってくれた。

 ――この出会いが、運命の分岐点になる。

 まだ、二人とも、それをはっきりとは理解していなかったが。
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