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第7話 小屋の朝、傷と心を癒す時間
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第7話 小屋の朝、傷と心を癒す時間
木の軋む音と、かすかな鳥のさえずりで、エレナは目を覚ました。
意識が浮上するにつれ、鼻腔をくすぐる木の香りと、焚き火の残り香がはっきりと感じられる。
「……朝……?」
ゆっくりと身体を起こすと、昨夜よりも頭がはっきりしているのが分かった。
身体の重さも、痛みも、かなり引いている。
(……癒しが、うまく回っている)
自分自身にかけた癒しの魔法が、ようやく落ち着いてきたらしい。
だが、完全ではない。まだ、無理をすれば倒れてしまう程度の余力しか残っていなかった。
「起きたか」
小屋の隅で薪を整理していたカイルが、こちらを振り返る。
朝の光を背にしたその姿は、昨夜よりも穏やかに見えた。
「……ご迷惑をおかけしました」
エレナは反射的に頭を下げる。
追放されてから、誰かの世話になることに、どうしても居心地の悪さを覚えてしまう。
「気にするな。放っておく方が後味が悪い」
カイルはそう言って、鍋を火にかけた。
中からは、湯気とともに、ほのかな薬草の香りが立ち上る。
「簡単なスープだ。胃に優しい」
「……ありがとうございます」
差し出された木椀を受け取り、エレナは両手で包むように持った。
温もりが、指先から胸へとじんわり広がっていく。
一口飲むと、優しい味が舌に広がった。
質素だが、丁寧に作られているのが分かる。
「……美味しいです」
「それは良かった」
カイルは短く答え、向かいの椅子に腰を下ろした。
しばらく、言葉のない時間が流れる。
だが、不思議と気まずさはなかった。
「……昨夜」
エレナは、意を決して口を開いた。
「私が倒れた後、ずっと看病を?」
「ああ。熱が出ていた」
さらりと言われ、エレナは思わず目を見開く。
「そんな……」
「大したことじゃない」
カイルは肩をすくめる。
「だが、少なくとも今日は安静にしていろ。森を歩ける状態じゃない」
その言葉に、エレナは小さく頷いた。
「……はい」
窓の外に目を向ける。
森は朝の光に包まれ、昨夜の恐ろしさが嘘のように静かだった。
(……ここは、危険な場所のはずなのに)
それでも、不思議と心が落ち着いている。
「……あの」
再び、エレナはカイルを見る。
「あなたは……この森で、何を?」
問いかけると、カイルは一瞬、視線を逸らした。
「……少し、身を隠している」
それだけを答える。
それ以上は踏み込まない、という線引きが、はっきりと伝わってきた。
「……そうですか」
エレナも、それ以上は聞かなかった。
昨夜、彼が言った言葉を思い出す。
――聞かれたくないこともあるだろう。
その配慮が、今はありがたかった。
スープを飲み終え、エレナは深く息を吐く。
「……私も、少しの間、ここにいさせていただいても……?」
辺境へ向かう途中で倒れ、この先の当てもない。
自分でも、厚かましい願いだと分かっていた。
だが、カイルは即座に否定しなかった。
「……構わない」
少し間を置いて、そう答える。
「条件がある」
「……はい」
「無理をしないこと。それと――」
カイルは、真っ直ぐにエレナを見つめた。
「自分の命を、軽く扱うな」
その言葉は、叱責ではなかった。
むしろ、静かな忠告だった。
エレナの胸が、きゅっと締めつけられる。
「……ありがとうございます」
思わず、声が震えた。
王都では、役に立つかどうかでしか見られなかった。
だが、今この場所で、彼は“エレナ”そのものを気遣っている。
その事実が、心に深く染みた。
しばらくして、エレナは自分の身体の状態を確かめるため、静かに魔力を巡らせた。
癒しの魔力は安定している。だが――。
(……やっぱり)
その奥で、冷たい力が、以前よりもはっきりと存在を主張していた。
昨夜、無意識のうちに使った影響だろう。
抑え込めないわけではないが、完全に無視することもできない。
「……どうした?」
カイルが異変に気づき、声をかける。
「いえ……自分の魔力を、少し確認していただけです」
エレナはそう答え、曖昧に微笑んだ。
――まだ、言えない。
癒しと呪い、二つの力を持つこと。
それがどれほど危ういことか、彼女自身、理解し始めていた。
この力は、守るためにも使える。
だが、間違えれば、誰かを傷つける。
(……まずは、制御しなければ)
その決意を胸に、エレナはゆっくりと立ち上がった。
「……何をするつもりだ」
「少しだけ、外の空気を」
窓から差し込む光に、誘われるように。
小屋の外に出ると、澄んだ空気が肺を満たす。
鳥の声、風の音、木々のざわめき。
王都では決して味わえなかった、素朴な世界。
「……不思議ですね」
思わず、呟いた。
「すべてを失ったはずなのに……今は、少しだけ、楽です」
カイルは、少し驚いたようにエレナを見つめ、それから静かに言った。
「失ったんじゃない。手放された場所が、間違っていただけだ」
その言葉に、エレナは胸を打たれた。
――間違っていたのは、私ではない。
そう思えたのは、初めてだった。
森の中の小さな小屋で迎えた朝。
それは、エレナにとって、追放の終わりであり、再生の始まりだった。
まだ傷は癒えきっていない。
未来も、見えない。
けれど、孤独ではない。
そう感じられたことが、何よりも大きな救いだった。
木の軋む音と、かすかな鳥のさえずりで、エレナは目を覚ました。
意識が浮上するにつれ、鼻腔をくすぐる木の香りと、焚き火の残り香がはっきりと感じられる。
「……朝……?」
ゆっくりと身体を起こすと、昨夜よりも頭がはっきりしているのが分かった。
身体の重さも、痛みも、かなり引いている。
(……癒しが、うまく回っている)
自分自身にかけた癒しの魔法が、ようやく落ち着いてきたらしい。
だが、完全ではない。まだ、無理をすれば倒れてしまう程度の余力しか残っていなかった。
「起きたか」
小屋の隅で薪を整理していたカイルが、こちらを振り返る。
朝の光を背にしたその姿は、昨夜よりも穏やかに見えた。
「……ご迷惑をおかけしました」
エレナは反射的に頭を下げる。
追放されてから、誰かの世話になることに、どうしても居心地の悪さを覚えてしまう。
「気にするな。放っておく方が後味が悪い」
カイルはそう言って、鍋を火にかけた。
中からは、湯気とともに、ほのかな薬草の香りが立ち上る。
「簡単なスープだ。胃に優しい」
「……ありがとうございます」
差し出された木椀を受け取り、エレナは両手で包むように持った。
温もりが、指先から胸へとじんわり広がっていく。
一口飲むと、優しい味が舌に広がった。
質素だが、丁寧に作られているのが分かる。
「……美味しいです」
「それは良かった」
カイルは短く答え、向かいの椅子に腰を下ろした。
しばらく、言葉のない時間が流れる。
だが、不思議と気まずさはなかった。
「……昨夜」
エレナは、意を決して口を開いた。
「私が倒れた後、ずっと看病を?」
「ああ。熱が出ていた」
さらりと言われ、エレナは思わず目を見開く。
「そんな……」
「大したことじゃない」
カイルは肩をすくめる。
「だが、少なくとも今日は安静にしていろ。森を歩ける状態じゃない」
その言葉に、エレナは小さく頷いた。
「……はい」
窓の外に目を向ける。
森は朝の光に包まれ、昨夜の恐ろしさが嘘のように静かだった。
(……ここは、危険な場所のはずなのに)
それでも、不思議と心が落ち着いている。
「……あの」
再び、エレナはカイルを見る。
「あなたは……この森で、何を?」
問いかけると、カイルは一瞬、視線を逸らした。
「……少し、身を隠している」
それだけを答える。
それ以上は踏み込まない、という線引きが、はっきりと伝わってきた。
「……そうですか」
エレナも、それ以上は聞かなかった。
昨夜、彼が言った言葉を思い出す。
――聞かれたくないこともあるだろう。
その配慮が、今はありがたかった。
スープを飲み終え、エレナは深く息を吐く。
「……私も、少しの間、ここにいさせていただいても……?」
辺境へ向かう途中で倒れ、この先の当てもない。
自分でも、厚かましい願いだと分かっていた。
だが、カイルは即座に否定しなかった。
「……構わない」
少し間を置いて、そう答える。
「条件がある」
「……はい」
「無理をしないこと。それと――」
カイルは、真っ直ぐにエレナを見つめた。
「自分の命を、軽く扱うな」
その言葉は、叱責ではなかった。
むしろ、静かな忠告だった。
エレナの胸が、きゅっと締めつけられる。
「……ありがとうございます」
思わず、声が震えた。
王都では、役に立つかどうかでしか見られなかった。
だが、今この場所で、彼は“エレナ”そのものを気遣っている。
その事実が、心に深く染みた。
しばらくして、エレナは自分の身体の状態を確かめるため、静かに魔力を巡らせた。
癒しの魔力は安定している。だが――。
(……やっぱり)
その奥で、冷たい力が、以前よりもはっきりと存在を主張していた。
昨夜、無意識のうちに使った影響だろう。
抑え込めないわけではないが、完全に無視することもできない。
「……どうした?」
カイルが異変に気づき、声をかける。
「いえ……自分の魔力を、少し確認していただけです」
エレナはそう答え、曖昧に微笑んだ。
――まだ、言えない。
癒しと呪い、二つの力を持つこと。
それがどれほど危ういことか、彼女自身、理解し始めていた。
この力は、守るためにも使える。
だが、間違えれば、誰かを傷つける。
(……まずは、制御しなければ)
その決意を胸に、エレナはゆっくりと立ち上がった。
「……何をするつもりだ」
「少しだけ、外の空気を」
窓から差し込む光に、誘われるように。
小屋の外に出ると、澄んだ空気が肺を満たす。
鳥の声、風の音、木々のざわめき。
王都では決して味わえなかった、素朴な世界。
「……不思議ですね」
思わず、呟いた。
「すべてを失ったはずなのに……今は、少しだけ、楽です」
カイルは、少し驚いたようにエレナを見つめ、それから静かに言った。
「失ったんじゃない。手放された場所が、間違っていただけだ」
その言葉に、エレナは胸を打たれた。
――間違っていたのは、私ではない。
そう思えたのは、初めてだった。
森の中の小さな小屋で迎えた朝。
それは、エレナにとって、追放の終わりであり、再生の始まりだった。
まだ傷は癒えきっていない。
未来も、見えない。
けれど、孤独ではない。
そう感じられたことが、何よりも大きな救いだった。
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