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第18話 選択の重さ、刃となる決意
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第18話 選択の重さ、刃となる決意
宿場の村を離れる朝、空は低く曇っていた。
湿った風が頬をなで、遠くで雷鳴がくぐもっている。雨が来る――そう直感できる空気だった。
エレナは外套の紐を結び直し、深く息を吸った。
(……ここを離れる)
昨日までの出来事が、まだ胸の内でざわめいている。
助けた命。拒んだ要求。引いた線。
どれもが、以前の自分なら選ばなかった行動だ。
「……後悔は?」
荷を整えながら、カイルが尋ねた。
「……いいえ」
エレナは、即答した。
「怖さは残っています。でも……後悔はありません」
それは、はっきりとした実感だった。
宿場の村は、二人が去ることを止めなかった。
だが、視線は確かに集まっていた。感謝、好奇心、そして、まだ消えきらない欲。
(……留まれば、いずれ縛られる)
エレナは、その場に留まらなかった自分の判断を、正しいと思えた。
――――――――
村を離れて半刻ほど歩いた頃、空が暗くなり始めた。
雷鳴が近づき、やがて雨が降り出す。
「……急ごう」
カイルの言葉に、エレナは頷く。
ほどなく、古い石造りの祠を見つけ、二人はその軒下に避難した。
雨脚は強く、視界が白く滲む。
祠の中は狭く、湿っているが、外よりはましだ。
「……静かですね」
エレナが呟く。
「嵐の前は、こんなものだ」
カイルは外を見つめながら答えた。
そのときだった。
――ひゅ、と空気を裂く音。
反射的に、カイルがエレナを引き寄せる。
次の瞬間、祠の石柱に、短剣が突き刺さった。
「……っ」
雨音に紛れ、複数の足音。
「……囲まれている」
カイルの声は、低く、鋭い。
エレナの胸が、きゅっと締まる。
(……ついに、来た)
これまでとは違う。
交渉でも、探りでもない。
明確な――敵意。
「……出てこい、癒し手」
雨の向こうから、男の声が響く。
「大人しく従えば、痛い目は見せない」
エレナは、静かに一歩前へ出た。
「……私を、連れて行くつもりですか」
「話が早い」
姿を現したのは、黒装束の男たちだった。
数は四。装備は軽く、動きに無駄がない。
(……傭兵……いえ、もっと……)
「どこからの依頼ですか」
エレナは、声を落ち着かせた。
「答える義理はない」
一人が、にやりと笑う。
「だが……悪い条件じゃない。王都へ戻れるぞ」
その言葉に、エレナの心が静かに冷えた。
(……王太子)
間違いない。
「……お断りします」
即答だった。
「私は、戻る場所を選びます」
「……強情な女だ」
男の一人が、舌打ちする。
「なら――」
合図と同時に、男たちが動いた。
カイルが、即座に前へ出る。
「下がれ」
剣が閃き、雨粒を弾く。
だが、四対一。
包囲は崩れない。
(……今度は、拒むだけじゃ足りない)
エレナは、胸の奥に意識を向けた。
冷たい流れ。
だが、暴れさせない。
(……守るため)
癒しと呪い、その境界を、慎重になぞる。
「……これ以上、踏み込まないでください」
低く、確かな声。
空気が、歪んだ。
だが、男たちは止まらない。
「……やれ!」
刹那、エレナは理解した。
(……拒絶だけでは、届かない)
彼らは、踏み込む覚悟を決めている。
(……なら)
エレナは、選んだ。
――傷つけない、ではなく。
――止める。
呪いの魔力を、形にする。
狙うのは、命ではない。
「……動けなくなれ」
その一言と共に、見えない鎖が、男たちの足に絡みついた。
「……っ!? 足が……!」
「……何だ、これ……!」
四人が、同時に地に膝をつく。
だが、恐怖に歪む表情を見て、エレナの胸が締めつけられた。
(……これが、力)
選んだ結果だ。
カイルが、剣を構えたまま、低く言う。
「……やり過ぎていない」
「……分かっています」
エレナは、震える息を整えた。
「命は……奪っていません」
男たちは、必死に足掻くが、立ち上がれない。
「……覚えておけ」
エレナは、静かに告げた。
「私は、従わない。次に来るなら……同じ結果になります」
数秒後、魔力を解く。
男たちは、よろめきながら後退し、雨の中へ消えた。
祠に残ったのは、激しい雨音と、重い沈黙。
エレナは、膝から力が抜け、座り込んだ。
「……怖かった……」
声が、震える。
「だが」
カイルは、剣を収め、エレナの前に屈んだ。
「……選んだな」
エレナは、顔を上げる。
「……はい」
視界が滲む。
「拒むだけでは……守れない場面があると、分かりました」
カイルは、ゆっくりと頷いた。
「その理解は……刃になる」
「……刃?」
「ああ」
彼は、真っ直ぐにエレナを見る。
「使い方を誤れば、他人も、自分も傷つける」
エレナは、胸に手を当てた。
(……だからこそ)
「……私は、選び続けます」
静かな決意。
「感情ではなく、意志で」
雷鳴が、遠くで轟いた。
雨は、やがて弱まり始める。
祠の外に、薄明かりが差し込んだ。
エレナは立ち上がり、空を見上げた。
――もう、戻れない。
だが、それでいい。
選択の重さを知り、刃となる決意を抱いた今、彼女は、ただの追放された令嬢ではない。
王都へ向かう道は、さらに険しくなる。
それでも、エレナ・フォン・ローレンツは、歩みを止めなかった。
守るために、選ぶために――前へ。
宿場の村を離れる朝、空は低く曇っていた。
湿った風が頬をなで、遠くで雷鳴がくぐもっている。雨が来る――そう直感できる空気だった。
エレナは外套の紐を結び直し、深く息を吸った。
(……ここを離れる)
昨日までの出来事が、まだ胸の内でざわめいている。
助けた命。拒んだ要求。引いた線。
どれもが、以前の自分なら選ばなかった行動だ。
「……後悔は?」
荷を整えながら、カイルが尋ねた。
「……いいえ」
エレナは、即答した。
「怖さは残っています。でも……後悔はありません」
それは、はっきりとした実感だった。
宿場の村は、二人が去ることを止めなかった。
だが、視線は確かに集まっていた。感謝、好奇心、そして、まだ消えきらない欲。
(……留まれば、いずれ縛られる)
エレナは、その場に留まらなかった自分の判断を、正しいと思えた。
――――――――
村を離れて半刻ほど歩いた頃、空が暗くなり始めた。
雷鳴が近づき、やがて雨が降り出す。
「……急ごう」
カイルの言葉に、エレナは頷く。
ほどなく、古い石造りの祠を見つけ、二人はその軒下に避難した。
雨脚は強く、視界が白く滲む。
祠の中は狭く、湿っているが、外よりはましだ。
「……静かですね」
エレナが呟く。
「嵐の前は、こんなものだ」
カイルは外を見つめながら答えた。
そのときだった。
――ひゅ、と空気を裂く音。
反射的に、カイルがエレナを引き寄せる。
次の瞬間、祠の石柱に、短剣が突き刺さった。
「……っ」
雨音に紛れ、複数の足音。
「……囲まれている」
カイルの声は、低く、鋭い。
エレナの胸が、きゅっと締まる。
(……ついに、来た)
これまでとは違う。
交渉でも、探りでもない。
明確な――敵意。
「……出てこい、癒し手」
雨の向こうから、男の声が響く。
「大人しく従えば、痛い目は見せない」
エレナは、静かに一歩前へ出た。
「……私を、連れて行くつもりですか」
「話が早い」
姿を現したのは、黒装束の男たちだった。
数は四。装備は軽く、動きに無駄がない。
(……傭兵……いえ、もっと……)
「どこからの依頼ですか」
エレナは、声を落ち着かせた。
「答える義理はない」
一人が、にやりと笑う。
「だが……悪い条件じゃない。王都へ戻れるぞ」
その言葉に、エレナの心が静かに冷えた。
(……王太子)
間違いない。
「……お断りします」
即答だった。
「私は、戻る場所を選びます」
「……強情な女だ」
男の一人が、舌打ちする。
「なら――」
合図と同時に、男たちが動いた。
カイルが、即座に前へ出る。
「下がれ」
剣が閃き、雨粒を弾く。
だが、四対一。
包囲は崩れない。
(……今度は、拒むだけじゃ足りない)
エレナは、胸の奥に意識を向けた。
冷たい流れ。
だが、暴れさせない。
(……守るため)
癒しと呪い、その境界を、慎重になぞる。
「……これ以上、踏み込まないでください」
低く、確かな声。
空気が、歪んだ。
だが、男たちは止まらない。
「……やれ!」
刹那、エレナは理解した。
(……拒絶だけでは、届かない)
彼らは、踏み込む覚悟を決めている。
(……なら)
エレナは、選んだ。
――傷つけない、ではなく。
――止める。
呪いの魔力を、形にする。
狙うのは、命ではない。
「……動けなくなれ」
その一言と共に、見えない鎖が、男たちの足に絡みついた。
「……っ!? 足が……!」
「……何だ、これ……!」
四人が、同時に地に膝をつく。
だが、恐怖に歪む表情を見て、エレナの胸が締めつけられた。
(……これが、力)
選んだ結果だ。
カイルが、剣を構えたまま、低く言う。
「……やり過ぎていない」
「……分かっています」
エレナは、震える息を整えた。
「命は……奪っていません」
男たちは、必死に足掻くが、立ち上がれない。
「……覚えておけ」
エレナは、静かに告げた。
「私は、従わない。次に来るなら……同じ結果になります」
数秒後、魔力を解く。
男たちは、よろめきながら後退し、雨の中へ消えた。
祠に残ったのは、激しい雨音と、重い沈黙。
エレナは、膝から力が抜け、座り込んだ。
「……怖かった……」
声が、震える。
「だが」
カイルは、剣を収め、エレナの前に屈んだ。
「……選んだな」
エレナは、顔を上げる。
「……はい」
視界が滲む。
「拒むだけでは……守れない場面があると、分かりました」
カイルは、ゆっくりと頷いた。
「その理解は……刃になる」
「……刃?」
「ああ」
彼は、真っ直ぐにエレナを見る。
「使い方を誤れば、他人も、自分も傷つける」
エレナは、胸に手を当てた。
(……だからこそ)
「……私は、選び続けます」
静かな決意。
「感情ではなく、意志で」
雷鳴が、遠くで轟いた。
雨は、やがて弱まり始める。
祠の外に、薄明かりが差し込んだ。
エレナは立ち上がり、空を見上げた。
――もう、戻れない。
だが、それでいい。
選択の重さを知り、刃となる決意を抱いた今、彼女は、ただの追放された令嬢ではない。
王都へ向かう道は、さらに険しくなる。
それでも、エレナ・フォン・ローレンツは、歩みを止めなかった。
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