婚約破棄されたけど、白い結婚のおかげで人生最高ですわ!

ふわふわ

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2-3 少しずつ交わる日常

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第2章 干渉しないはずの同居生活

2-3 少しずつ交わる日常

 

 ラベンダーの香りが残る夜を過ごした翌朝、
 カチュアは珍しく早起きしていた。

 窓を開けると、白い雪が薄く庭を覆っている。
 吐いた息が白く凍るほどの寒さ。
 けれど、頬にあたる風は不思議と心地よかった。

 「まぁ……雪が降る朝なんて、王都ではめったに見られませんわね」

 ミリーが肩に毛布をかけてくれる。
 「お嬢様、風邪をひきますよ。昨日の夜更かしも響いてますから」
 「寝る前に紅茶を飲んだので、ぐっすりでしたわ。
  ……それに、低糖スコーンも美味しかったですし」

 そう言って笑うと、ミリーは呆れたように目を細めた。
 「旦那様からの差し入れですし、嬉しかったんですね?」
 「う、嬉しいなどと、そんな……! ただ、味の評価をしているだけですわ!」
 「はいはい」

 

 それからの日々――
 “干渉しない結婚生活”は、少しずつ形を変え始めていた。

 ライナルトは相変わらず多忙だった。
 執務室に籠もり、領内の報告書に目を通し、兵の訓練計画に署名する。
 朝早くから夜遅くまで働く姿は、まさに模範的な領主そのもの。

 そんな夫を遠くから見ながら、カチュアは紅茶を啜る。
 (あの方、絶対に“干渉しない”の使い方を間違えてますわ。
  自分を干渉してくる仕事に追われてますもの)

 

 ある日の午後。
 カチュアは庭のベンチに腰かけて本を読んでいた。
 雪解けの滴が葉を打ち、澄んだ空気の中に甘い香りが漂う。
 お気に入りのミルクティーを片手に、ページをめくる音が心地よい。

 ――そのとき。

 背後から、静かな足音が聞こえた。
 振り向くと、ライナルトが立っていた。

 「……読書中か?」

 「まぁ、旦那様。お仕事の合間にお散歩など、珍しいですわね」

 「領民が庭の手入れをしていると聞いて、確認に来ただけだ」

 そう言いながらも、彼は彼女の隣に腰を下ろした。
 彼の体温が、冬の空気の中でほんのり伝わる。

 「お邪魔か?」
 「いえ。静かな方なら歓迎ですわ」

 「……そうか」

 

 二人の間に、沈黙が流れる。
 けれどその沈黙は、居心地の悪いものではなかった。
 ページをめくる音、風に揺れる木々のざわめき、
 それらがまるで、二人を包み込む旋律のように響いている。

 

 やがてライナルトが小さく息を吐いた。
 「……寒くはないのか?」
 「この毛布があれば大丈夫ですわ。……あら?」
 彼が自分のマントを外し、無言で肩にかけてくる。

 「旦那様?」
 「風が強くなってきた」
 「まぁ、干渉ですわね」
 「助言の延長だ」

 またその理屈。
 カチュアは笑いながら、マントに包まれる。
 ほんの少し、ラベンダーと同じ香りがした。

 

 その日以来、ライナルトが庭に姿を見せることが増えた。
 いつも無言のまま、ベンチに座って空を眺めたり、
 執務の合間にカチュアの読書に付き合ったり。

 彼は何も話さない。
 けれど、言葉を交わさずとも心が穏やかになるような不思議な時間が流れる。

 

 ある日、カチュアが紅茶を差し出した。
 「旦那様、少し休憩なさいません? 暖かい紅茶がございますわ」
 「……もらおう」

 彼がカップを受け取る。
 手の大きさと体温の差が、思いのほか近く感じられた。
 (この人の手って、思ったより……温かいのね)

 彼が一口飲み、表情をわずかに緩めた。
 「悪くない」
 「まぁ、“悪くない”とは最高の褒め言葉ですわね」
 「そう受け取っていい」

 

 それからというもの、昼下がりに二人で紅茶を飲む時間が、
 自然と日課のひとつになっていった。

 カチュアが自分で茶葉を選び、ライナルトが手ずから湯を注ぐ。
 それを並んで味わい、会話はほんの数言。
 けれどその短い会話が、
 彼女にとって何よりの“干渉”になっていった。

 

 そんな穏やかな日々のある午後――
 ミリーが少し慌てた様子で走り込んできた。
 「お嬢様! 旦那様が外で領兵の訓練に参加しておられます!」
 「まぁ、領主自ら? そんなことまで?」
 「はい。……あの方、本当に働きすぎです」

 カチュアはため息をつき、毛布を肩に羽織った。
 「放っておけませんわね。干渉のお返しをいたしましょう」

 

 雪解けでぬかるむ訓練場へ向かうと、
 鎧を纏った騎士たちの間で、ライナルトが剣を振っていた。
 冷たい風を裂くような鋭い剣筋。
 彼の背中は堂々として、見惚れるほど美しかった。

 「……あの方、まるで物語の英雄みたいですわね」
 「惚れ惚れしてる場合ですか、お嬢様?」
 「え? な、何を言ってるのミリー!」

 

 やがて休憩時間。
 ライナルトが気づいてこちらへ歩いてくる。
 「……見ていたのか」
 「たまたま通りかかりましてよ」
 「たまたま、ね」

 彼は汗をぬぐいながら笑う。
 その笑顔は、いつもの冷静な表情とはまるで違って見えた。

 「……お疲れさまですわ、旦那様。お茶をどうぞ」
 差し出したカップを受け取り、
 彼は一口飲んで、ふっと微笑む。

 「……やはり、悪くない」
 「またその表現ですの?」
 「これ以上の言葉を使えば、干渉になる」
 「……まったく、ずるい方ですわね」

 

 雪の光が彼の肩に落ち、二人の影が並ぶ。
 遠くでは兵たちの訓練の掛け声が響いていた。
 だが、その音さえも、二人にはどこか優しい音楽のように感じられた。

 

 その夜、カチュアはベッドの中で目を閉じながら思った。

 (干渉されるのも悪くないですわね……)

 かつての婚約者との日々は、言葉だけの愛で満ちていた。
 だが、今のライナルトとの生活には、
 言葉のない優しさと、さりげない気遣いがある。

 「……不器用で、でもあたたかい。まるで、冬の紅茶みたいですわ」

 ミリーがそっと毛布を直しながら笑った。
 「お嬢様、顔がほんのり赤いですよ」
 「違います、寝る前の紅茶のせいですわ」
 「その紅茶、“旦那様ブレンド”でしたよね」
 「……あら、そうでしたかしら?」

 

 暖炉の火が揺れ、外では雪が静かに舞っていた。
 干渉しないはずの二人の時間は、
 気づけばもう“干渉せずにはいられない”ほど、
 優しく結びつき始めていた。


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