婚約破棄されたけど、白い結婚のおかげで人生最高ですわ!

ふわふわ

文字の大きさ
14 / 17

4-2 仮面の微笑みと秘密の会話

しおりを挟む
第4章 訪問者と揺らぐ日常

4-2 仮面の微笑みと秘密の会話

 

 翌日の午後。
 リオナの訪問から一夜が明け、屋敷にはどこか張り詰めた空気が流れていた。
 侍女たちは丁寧に動き、いつもより慎重に紅茶を淹れている。

 「今日は、王都式のティーセレモニーを行うそうですよ」
 ミリーが囁くように言った。
 「王都式……?」
 「リオナ様が“王族の正式作法を教えて差し上げます”と」
 「まぁ、ご親切なことですわね」
 カチュアは優雅に笑ったが、その瞳にはわずかな鋭さが宿っていた。

 

 やがて、応接間の扉が開かれ、
 リオナが淡いピンクのドレスを纏って現れた。
 その姿はまさに“聖女”と呼ぶにふさわしく、
 光を纏っているかのような柔らかな笑顔を浮かべていた。

 「まぁ、カチュア様。辺境でもお肌がとても綺麗ですのね。
  どうやら空気が合っているようですわ」

 「ありがとうございます。
  こちらでは陽光がやわらかく、王都より肌荒れしませんの」

 「まあ……それは羨ましいですわ。
  王都の空気は、権力と虚栄で少々濁っていますものね」

 (言葉の棘を、まるで花びらで包むような……)

 カチュアは微笑みを崩さぬまま、
 心の中で静かに息を整えた。

 

 ティータイムが始まった。
 テーブルの上には、銀のティーセットと色鮮やかなケーキ。
 リオナは淑やかにカップを持ち上げながら、
 「このお茶、少し冷めていますわね」と小さく呟く。

 「まぁ、申し訳ありません。
  辺境では風が強く、どうしても温度が下がりやすいのですわ」

 「そうでしたの……。
  でも、温度管理ができないのは、
  “貴族の屋敷”としては少々残念ですわね」

 (あら、見事なまでの挑発ですわ)

 カチュアは優雅に微笑んだ。
 「ええ、まことに不完全ですわ。
  けれど、完璧でないほうが――紅茶は深く香りますのよ」

 その瞬間、リオナの笑顔が微かに揺らいだ。

 

 沈黙の中、ミリーが新しいポットを運んでくる。
 リオナはちらりと視線を向け、
 「あなた……侍女にしては手が荒れていますわね?」と呟く。

 ミリーが驚いて手を引っ込めようとした時、
 カチュアが穏やかに口を開いた。

 「この子は畑仕事も手伝っておりますの。
  領民と同じ土を触ることを、わたくしは誇りに思っています」

 「……なるほど。辺境では“貴族”も庶民と混ざるのですね」
 「ええ。混ざり合って初めて、美しい色になりますの。
  聖女様も、神々の前で平等とおっしゃっていましたわね?」

 リオナの微笑みが固まる。
 (一本、刺しましたわね)とカチュアは心の中で小さく呟いた。

 

 やがて、ティータイムが終わり、
 リオナは「少しお庭を散歩してもよろしいかしら」と言った。
 カチュアは頷き、二人きりで庭へ向かう。

 クローバーの花が一面に咲き誇り、
 小鳥のさえずりが静かに響いていた。

 「まぁ、可愛らしいお庭ですわね」
 「ありがとうございます。
  旦那様が手ずから手入れしてくださるのです」
 「……まぁ、そうですの。意外ですわ」

 リオナの瞳に一瞬、影が走った。
 「王太子殿下は、貴族令嬢の中でもあなたを
  “冷たい人”とおっしゃっていましたのよ」

 「まあ……。それは、王都にいた頃のわたくしでしょうね。
  今のわたくしは、紅茶と昼寝を愛する“温かい人”ですの」

 「……本当に、そう思っていらっしゃるのかしら?」
 「もちろん。愛される努力より、愛する紅茶を選びましたもの」

 その言葉に、リオナは口を閉ざした。

 

 しばらく沈黙が続いた後――
 風がふと、リオナのマントをめくり上げた。

 その隙間から、何かの封筒が覗いた。
 王家の紋章が刻まれた、厚手の羊皮紙。

 カチュアはその一瞬を見逃さなかった。
 (……あれは、王家の正式命令書?)

 「リオナ様、それは……?」
 「ただの王命ですわ」
 「王命……?」
 「ええ、辺境の土地と財政を調査し、
  “不要と判断されれば再統合せよ”という内容ですの」

 空気が一瞬で凍りついた。

 リオナは優雅に微笑んだまま、
 「もちろん、正式な発表ではありませんわ。
  けれど――この地の“成果”が王都に伝わらなければ、
  領地そのものが没収されるかもしれませんわね」

 「……つまり、あなたはその調査役」
 「ご明察。王家に仕える聖女として、
  “罪を償う辺境夫婦”の実態を見に来たのです」

 (……やはり、そう来ましたのね)

 

 カチュアは穏やかに息を吐き、
 「では、すべてをお見せいたしましょう」と微笑んだ。

 「すべて?」
 「はい。
  この地がどれほど豊かに、
  そして人々が幸せに暮らしているかを。
  “罰”の地ではなく、“再生”の地として――」

 リオナがわずかにたじろぐ。
 その姿を見て、カチュアは確信した。

 (この人は、“幸福”を見るのが怖いのですわ)

 

 屋敷に戻る途中、
 ミリーがカチュアの耳元で囁いた。

 「お嬢様……さっき、リオナ様の随行員が
  屋敷の書庫に何かを運び込んでいました」
 「……書庫に?」
 「はい。王家の封蝋が押された箱を」

 (ふむ……。王命に関する文書か、あるいは――)

 カチュアは静かに目を閉じ、
 唇にゆるやかな笑みを浮かべた。

 「リオナ様の“信仰の箱”……少し覗いてみましょうか」

 その微笑みは、まるで猫が獲物を見つけた時のそれだった。

 

 その夜。
 屋敷の廊下には灯りが落ち、
 月光だけが静かにカチュアの足元を照らしていた。

 (真実を暴く時が来ましたのね)

 手には銀の鍵。
 そして心の中には、
 “聖女への静かなざまぁ”という言葉が、
 そっと芽吹いていた。


---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。 他サイトにも公開中。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】転生したら断罪イベントの真っ最中。聖女の嘘を暴いたら、王太子が真っ青になりました

丸顔ちゃん。
恋愛
王太子は私――エリシアに婚約破棄を宣言し、 隣では甘ったるい声の“聖女”が「こわかったんですぅ♡」と泣き真似をしている。 だが私は知っている。 原作では、この聖女こそが禁術で王太子の魔力を吸い取り、 私に冤罪を着せて処刑へ追い込んだ張本人だ。 優しい家族を守るためにも、同じ結末は絶対に許さない。 私は転生者としての知識を武器に、 聖女の嘘と禁術の証拠を次々に暴き、 王太子の依存と愚かさを白日の下に晒す。 「婚約は……こちらから願い下げです」 土下座する王太子も、泣き叫ぶ聖女も、もう関係ない。 私は新しい未来を選ぶ。

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

政略結婚で「新興国の王女のくせに」と馬鹿にされたので反撃します

nanahi
恋愛
政略結婚により新興国クリューガーから因習漂う隣国に嫁いだ王女イーリス。王宮に上がったその日から「子爵上がりの王が作った新興国風情が」と揶揄される。さらに側妃の陰謀で王との夜も邪魔され続け、次第に身の危険を感じるようになる。 イーリスが邪険にされる理由は父が王と交わした婚姻の条件にあった。財政難で困窮している隣国の王は巨万の富を得たイーリスの父の財に目をつけ、婚姻を打診してきたのだ。資金援助と引き換えに父が提示した条件がこれだ。 「娘イーリスが王子を産んだ場合、その子を王太子とすること」 すでに二人の側妃の間にそれぞれ王子がいるにも関わらずだ。こうしてイーリスの輿入れは王宮に波乱をもたらすことになる。

「地味な婚約者を捨てて令嬢と結婚します」と言った騎士様が、3ヶ月で離婚されて路頭に迷っている

歩人
ファンタジー
薬師のナターリアは婚約者の騎士ルドガーに「地味なお前より伯爵令嬢が ふさわしい」と捨てられた。泣きはしなかった。ただ、明日から届ける薬が 一人分減るな、と思っただけ。 ルドガーは華やかな伯爵令嬢イレーネと結婚し、騎士団で出世する——はずだった。 しかしイレーネの実家は見栄だけの火の車。持参金は消え、借金取りが押し寄せ、 イレーネ本人にも「稼ぎが少ない」と三行半を突きつけられた。 3ヶ月で全てを失ったルドガーが街角で見たのは、王宮薬師に抜擢された ナターリアが、騎士団長と笑い合う姿だった。 「なあ、ナターリア……俺が間違っていた」 「ええ、知ってます。でも、もう関係のない話ですね」

処理中です...