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4-1 不穏な訪問者
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第4章 訪問者と揺らぐ日常
4-1 不穏な訪問者
春の陽光がやさしく屋敷を包み、
庭ではクローバーの花が一面に咲き誇っていた。
この数週間、カチュアの日々は穏やかだった。
朝は紅茶とスコーンで始まり、昼は領民との視察、
夜はライナルトと共に暖炉の前で過ごす。
(このまま時が止まればいいのに……)
そう思えるほどの平穏。
しかし、その静寂を破る知らせが突然届いたのは、
ある日の午後だった。
「旦那様、王都からの使者が――!」
執事が慌ただしく駆け込んできた。
ライナルトは椅子から立ち上がり、
「落ち着け。どんな使者だ?」
「……王太子殿下の勅使でございます。
“新しい婚約者”である聖女リオナ様が、
こちらの領地を視察されたいとのことです」
部屋の空気が一瞬で凍りついた。
リオナ――。
その名を聞いた瞬間、
カチュアの胸に小さな棘が刺さるような痛みが走った。
(王太子の……新しい婚約者……)
まるで、過去の悪夢が蘇るようだった。
あの夜会での屈辱。
「君のような冷たい女と結婚はできない」
そう言って彼が手を取った相手――
それが、リオナだった。
「わたくしが、会う必要はあるのですの?」
カチュアの声は冷静だった。
「王家の勅使となれば、拒否はできない」
ライナルトの声には苦々しさが滲む。
「視察という名目だが、実際は“探り”だろう。
王都はまだ我々を完全には信用していない」
「わたくしを通して、旦那様を揺さぶるおつもりですのね」
「……おそらく」
カチュアはそっとカップを置き、
まっすぐライナルトを見つめた。
「ならば――お迎えいたしましょう」
「無理をする必要はない」
「いいえ。
過去から逃げるのは趣味ではございませんの。
それに、あの方に“ざまぁ”の一つでも見せたいですわ」
ライナルトは思わず苦笑した。
「君らしいな」
「もちろんですわ。淑女の復讐は、笑顔でこそ輝きますもの」
数日後。
王都から馬車の列が到着した。
白と金の豪奢な装飾が眩しく輝き、
まるで“権力”そのものが形を取ったようだった。
屋敷前で出迎えるカチュアは、
淡いミントグリーンのドレスを纏い、
まるで春の女神のように微笑んでいた。
リオナは馬車から降り立ち、
その美貌に満ちた顔をゆっくりとこちらに向けた。
「まぁ……あなたがカチュア様ですのね?」
澄ました笑み。
その裏に、明らかな侮蔑が潜んでいた。
「はい。ようこそ辺境へ。
お足元の悪い中、お越しいただきありがとうございますわ」
完璧な礼儀で迎えるカチュア。
しかし、その声には一片の感情もなかった。
リオナは屋敷を見回し、
「まあ……意外と綺麗ですのね。
もっと荒れ果てた土地かと思っていましたわ」
と、微笑を浮かべる。
(……想定通りの挑発ですわね)
「ありがとうございます。
この地の空気と人々のおかげで、心が豊かになりますの。
王都では得られない穏やかさですわ」
「まあ、それは……貴族社会に馴染めなかった方なら、
そう感じるのかもしれませんわね」
ミリーの顔が一瞬ひきつる。
だがカチュアはまったく動じず、
優雅に笑みを返した。
「ええ、馴染めませんでしたの。
“真実の愛”という名の軽率さには、特に」
リオナの笑顔が一瞬だけ固まる。
カチュアはその表情の変化を見逃さず、
心の中で静かに紅茶を啜った。
その後、ライナルトが現れ、
リオナを客間へと案内した。
「リオナ殿、遠路お疲れ様でした」
「まあ、ライナルト様。
やはり辺境でもお美しいのですね」
その言葉に、カチュアの心がわずかにざわめいた。
(あらあら、婚約者持ちの人にずいぶん軽々しく……)
しかし、ライナルトはまったく動じない。
「お褒めにあずかり光栄だ。
だが、私には妻がいる」
「まぁ……形式上の、でしょう?」
その一言に、カチュアの手が止まった。
空気が、ぴんと張り詰める。
ライナルトは一歩、リオナに近づき、
低い声で言った。
「形式上、という言葉を二度と使うな。
この方は、私の“心の伴侶”だ」
屋敷の空気が一変した。
ミリーが息を呑み、
カチュアは胸がいっぱいになって言葉を失った。
リオナの笑みが消える。
「……まあ。王都では、そういう表現を“恋の錯覚”と呼びますわ」
「錯覚なら、君もそうであってほしい」
ライナルトの声は冷たく、静かだった。
やがて、客間に案内されるリオナの背中を見送りながら、
カチュアはそっと呟いた。
「旦那様……今の言葉、本心ですの?」
「当然だ」
「なら、少し干渉してもよろしいですか?」
「構わない」
「……嬉しすぎて、紅茶の味が分からなくなりましたの」
ライナルトは小さく笑い、
「それなら、明日は少し甘めにしよう」と答えた。
リオナの訪問は、波乱の幕開けだった。
けれど――その波風すらも、
二人にとっては“愛を確かめる風”となっていく。
まだ誰も知らない、
次なる“ざまぁ”の始まりを告げる春の夕暮れであった。
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4-1 不穏な訪問者
春の陽光がやさしく屋敷を包み、
庭ではクローバーの花が一面に咲き誇っていた。
この数週間、カチュアの日々は穏やかだった。
朝は紅茶とスコーンで始まり、昼は領民との視察、
夜はライナルトと共に暖炉の前で過ごす。
(このまま時が止まればいいのに……)
そう思えるほどの平穏。
しかし、その静寂を破る知らせが突然届いたのは、
ある日の午後だった。
「旦那様、王都からの使者が――!」
執事が慌ただしく駆け込んできた。
ライナルトは椅子から立ち上がり、
「落ち着け。どんな使者だ?」
「……王太子殿下の勅使でございます。
“新しい婚約者”である聖女リオナ様が、
こちらの領地を視察されたいとのことです」
部屋の空気が一瞬で凍りついた。
リオナ――。
その名を聞いた瞬間、
カチュアの胸に小さな棘が刺さるような痛みが走った。
(王太子の……新しい婚約者……)
まるで、過去の悪夢が蘇るようだった。
あの夜会での屈辱。
「君のような冷たい女と結婚はできない」
そう言って彼が手を取った相手――
それが、リオナだった。
「わたくしが、会う必要はあるのですの?」
カチュアの声は冷静だった。
「王家の勅使となれば、拒否はできない」
ライナルトの声には苦々しさが滲む。
「視察という名目だが、実際は“探り”だろう。
王都はまだ我々を完全には信用していない」
「わたくしを通して、旦那様を揺さぶるおつもりですのね」
「……おそらく」
カチュアはそっとカップを置き、
まっすぐライナルトを見つめた。
「ならば――お迎えいたしましょう」
「無理をする必要はない」
「いいえ。
過去から逃げるのは趣味ではございませんの。
それに、あの方に“ざまぁ”の一つでも見せたいですわ」
ライナルトは思わず苦笑した。
「君らしいな」
「もちろんですわ。淑女の復讐は、笑顔でこそ輝きますもの」
数日後。
王都から馬車の列が到着した。
白と金の豪奢な装飾が眩しく輝き、
まるで“権力”そのものが形を取ったようだった。
屋敷前で出迎えるカチュアは、
淡いミントグリーンのドレスを纏い、
まるで春の女神のように微笑んでいた。
リオナは馬車から降り立ち、
その美貌に満ちた顔をゆっくりとこちらに向けた。
「まぁ……あなたがカチュア様ですのね?」
澄ました笑み。
その裏に、明らかな侮蔑が潜んでいた。
「はい。ようこそ辺境へ。
お足元の悪い中、お越しいただきありがとうございますわ」
完璧な礼儀で迎えるカチュア。
しかし、その声には一片の感情もなかった。
リオナは屋敷を見回し、
「まあ……意外と綺麗ですのね。
もっと荒れ果てた土地かと思っていましたわ」
と、微笑を浮かべる。
(……想定通りの挑発ですわね)
「ありがとうございます。
この地の空気と人々のおかげで、心が豊かになりますの。
王都では得られない穏やかさですわ」
「まあ、それは……貴族社会に馴染めなかった方なら、
そう感じるのかもしれませんわね」
ミリーの顔が一瞬ひきつる。
だがカチュアはまったく動じず、
優雅に笑みを返した。
「ええ、馴染めませんでしたの。
“真実の愛”という名の軽率さには、特に」
リオナの笑顔が一瞬だけ固まる。
カチュアはその表情の変化を見逃さず、
心の中で静かに紅茶を啜った。
その後、ライナルトが現れ、
リオナを客間へと案内した。
「リオナ殿、遠路お疲れ様でした」
「まあ、ライナルト様。
やはり辺境でもお美しいのですね」
その言葉に、カチュアの心がわずかにざわめいた。
(あらあら、婚約者持ちの人にずいぶん軽々しく……)
しかし、ライナルトはまったく動じない。
「お褒めにあずかり光栄だ。
だが、私には妻がいる」
「まぁ……形式上の、でしょう?」
その一言に、カチュアの手が止まった。
空気が、ぴんと張り詰める。
ライナルトは一歩、リオナに近づき、
低い声で言った。
「形式上、という言葉を二度と使うな。
この方は、私の“心の伴侶”だ」
屋敷の空気が一変した。
ミリーが息を呑み、
カチュアは胸がいっぱいになって言葉を失った。
リオナの笑みが消える。
「……まあ。王都では、そういう表現を“恋の錯覚”と呼びますわ」
「錯覚なら、君もそうであってほしい」
ライナルトの声は冷たく、静かだった。
やがて、客間に案内されるリオナの背中を見送りながら、
カチュアはそっと呟いた。
「旦那様……今の言葉、本心ですの?」
「当然だ」
「なら、少し干渉してもよろしいですか?」
「構わない」
「……嬉しすぎて、紅茶の味が分からなくなりましたの」
ライナルトは小さく笑い、
「それなら、明日は少し甘めにしよう」と答えた。
リオナの訪問は、波乱の幕開けだった。
けれど――その波風すらも、
二人にとっては“愛を確かめる風”となっていく。
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