婚約破棄されたけど、白い結婚のおかげで人生最高ですわ!

ふわふわ

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3-4 春風の約束

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🌷第3章 嫉妬と誤解と、優しすぎる干渉

3-4 春風の約束

 

 雪解けの季節。
 ルーヴァン辺境の丘に、ようやく淡い緑が戻ってきた。
 長い冬を耐えた木々が息を吹き返し、
 屋敷の庭には小さな花々が顔を出す。

 朝、カチュアは温室で咲き始めた花を見つめながら、
 指先でそっとその花弁を撫でた。

 「ようやく春ですわね……」
 「ええ、今年の冬は長うございました」
 ミリーが微笑みながら言う。
 「旦那様が毎朝、温室の気温を確認なさっていましたよ。
  『カチュア様が寒がらないように』って」
 「まぁ……そんなことまで?」
 「干渉の域を越えておりますね」
 「ほんとうに、困った方ですわ……」

 口ではそう言いながらも、
 胸の奥がじんわりと温かくなっていくのを感じた。

 

 その日の午後。
 ライナルトは久しぶりに領地視察から戻ってきた。
 馬上の姿は堂々として、
 鎧の上からでもわかるほどの威厳と静かな力強さを放っていた。

 「おかえりなさいませ、旦那様」
 玄関前で迎えたカチュアが軽く頭を下げると、
 ライナルトは少し照れたように微笑んだ。

 「留守の間、問題はなかったか?」
 「ええ、平和そのものでしたわ。
  ただ……ミリーが言っていました。
  “旦那様はお嬢様のことを思い出してばかりだった”と」

 「……余計なことを」
 「事実ですの?」
 「……否定はしない」

 その言葉に、カチュアは思わず頬を赤らめた。

 

 夕暮れ。
 久しぶりに二人で食卓を囲んだ。
 窓の外では、風に揺れる桜色の花びらが舞っている。
 春の光に照らされたその光景は、
 まるで絵画のように穏やかだった。

 「旦那様、領地の様子はいかがでした?」
 「雪解けと共に道が崩れていた。だが、もうすぐ復旧する。
  ……君が植えた花が、道端に咲いていた」
 「まぁ、本当ですの?」
 「領民たちが“あの花を見ると心が落ち着く”と言っていた。
  君の手は、土地をも癒やすようだ」

 「……お褒めに預かり光栄ですわ。
  でもそれも、旦那様が温室の温度を管理してくださったおかげですの」

 「……やはり、見ていたのか」
 「ミリーの報告で」
 「報告制度を撤廃するべきだな」
 「まぁ、独裁ですわね」

 二人の笑い声が響く。
 それは春の陽気のように柔らかく、
 冬の残滓をすべて溶かしていくようだった。

 

 食事を終えると、
 ライナルトがゆっくりと立ち上がり、
 「少し、庭を歩かないか」と誘った。

 夜風はまだ冷たいが、
 星が美しく瞬き、
 空気は甘い花の香りを含んでいた。

 「この香り、わたくしが植えたクローバーですわ」
 「そうか。春風と一緒に、君の香りまで届いてきそうだ」
 「まぁ……お上手ですこと」
 「事実を言っただけだ」

 歩調を合わせながら、
 二人の影が月明かりに並んで伸びていく。

 

 やがて、庭の中央にある小さな池の前で立ち止まった。
 水面に映る月がゆらめき、
 その光の中で、ライナルトが静かに言った。

 「……私は不器用だ。
  感情を言葉にするのが苦手で、
  人に何かを頼むのも下手だ。
  だから、最初に“干渉しない結婚”を選んだ」

 カチュアは黙って耳を傾けた。

 「けれど君と過ごして、ようやく分かった。
  干渉しないことが優しさではない。
  本当の優しさは、相手のそばにいることなんだ」

 「……旦那様」

 「君が笑えば、私も嬉しい。
  君が悲しめば、胸が痛む。
  こんな気持ちは、初めてだ」

 ライナルトの声が、夜風に溶けていく。
 カチュアの胸の奥に、温かい何かが広がった。

 

 「旦那様……わたくしも同じですわ」
 「同じ?」
 「ええ。
  わたくし、最初はただ“自由”を求めていました。
  でも今は違いますの。
  自由よりも――あなたと過ごす時間を選びたい」

 ライナルトの瞳が大きく揺れた。
 それは、長い間閉ざされていた心の扉が、
 ようやく開かれた瞬間だった。

 

 「……君は、私の妻だ」
 「はい、形式上の」
 「いや。――本当の意味で、だ」

 その言葉に、カチュアは小さく息をのんだ。

 ライナルトがそっと手を伸ばし、
 彼女の頬に触れる。
 その指先は、春の風よりも優しかった。

 「君が望むなら、
  私は一生、君を干渉し続けよう」

 「まぁ……なんて、優しい脅迫ですの」
 「君にしか通じない言葉だ」

 ふたりの間に、柔らかな笑いが溶ける。

 

 月明かりの下、
 カチュアはそっと彼の胸に額を寄せた。
 鼓動が聞こえる。
 その音が、まるで自分の心臓と重なっていくようだった。

 「旦那様……約束してください」
 「何を?」
 「この先、どんな困難があっても、
  紅茶の時間だけは一緒に過ごしましょう」

 「……ああ。
  それが君の望みなら、私は毎日でも」

 「では契約成立ですわね」
 「契約ではなく、誓いだ」

 

 春風がふわりと吹き、
 クローバーの花が小さく揺れる。
 夜空には、月と星が二人を照らしていた。

 もう“形式上の夫婦”ではない。
 干渉し合い、寄り添い、
 そして――想いを交わした“本物の夫婦”として、
 二人の新しい季節が始まろうとしていた。

 

 その夜、カチュアは眠る前に日記を開いた。

 > 『今日、春風の中で、旦那様がようやく笑ってくれた。
 >  その笑顔を見たら、もう何もいらないと思った。
 >  わたくし、自由ではなく、あなたを選びますわ。』

 ペンを置き、窓の外を見る。
 月が柔らかく微笑んでいた。

 「おやすみなさいませ、旦那様。
  明日も紅茶をご一緒に――」

 その囁きは、春風に乗って静かに溶けていった。


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