婚約破棄されたけど、白い結婚のおかげで人生最高ですわ!

ふわふわ

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エピローグ ――幸福の香りは紅茶とともに

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エピローグ ――幸福の香りは紅茶とともに

 

 リオナが王都へ帰ってから、季節は初夏を迎えていた。
 ルーヴァンの丘には風が通り抜け、
 クローバーの花が波のように揺れている。

 朝の光を浴びながら、カチュアは温室の中で新しい苗を植えていた。
 紫色の小さな蕾――ラベンダー。
 「旦那様が手伝ってくださるなんて、珍しいことですわね」

 「君が笑うなら、どんな土でも触る」
 シャベルを持つライナルトの手は、以前よりも柔らかい表情をしていた。
 彼の指先にはほんの少しの土がつき、
 それをカチュアがハンカチで拭ってやる。

 「……汚れてしまいましたわ」
 「だが、君に拭ってもらえたなら、それも悪くない」
 「まぁ……口が上手くなりましたのね」
 「君の影響だ」

 そう言って笑うライナルトの横顔を見ながら、
 カチュアは胸の奥で静かに感じていた。
 “あの頃のわたし”――婚約破棄の夜に味わった孤独と悔しさ。
 けれど、それがあったからこそ、
 今こうして隣にいる人の温もりを知ることができたのだと。

 

 昼になると、領民たちが屋敷の庭に集まってくる。
 今日は“花祭り”――この地の春と再生を祝う祭典の日だった。
 カチュアはテーブルの上に、焼きたてのスコーンとラベンダーの紅茶を並べる。

 「まぁ、お嬢様の紅茶だ!」
 「これを飲むと病気が治るんだって!」
 子どもたちが目を輝かせる。

 「まぁ、医療効果はありませんけれど……
  心の疲れには効くかもしれませんわね」

 「それで十分ですよ、カチュア様」
 村長がそう言って笑った。

 彼らにとって、カチュアはもう“追放された令嬢”でも“罰を受けた貴族”でもない。
 この地の母のように慕われ、
 “癒しの貴婦人”と呼ばれていた。

 

 祭りの最中、ライナルトが小さな木箱を持ってカチュアのもとにやってきた。
 「君に贈りたいものがある」
 「まぁ、何かしら?」

 彼が開けた箱の中には、銀細工の小さなペンダントが入っていた。
 中央には、淡い紫のラベンダーの花が彫り込まれている。

 「……きれいですわ」
 「この地の花を象徴にした。
  そして、裏には一言だけ刻んである」

 カチュアはペンダントを裏返した。
 そこには小さな文字で――

 > “共に在る”

 「……旦那様」
 「干渉ではない。誓いだ」

 その言葉に、カチュアの頬がほんのり染まる。
 「まぁ……本当に、あなたという方は」
 「君が言っただろう。“干渉し続ける夫”でいると」
 「ええ、ええ。
  それなら、わたくしも“突き放さない妻”でいますわ」

 ライナルトは少しだけ笑い、
 彼女の手を取り、指先に軽く口づけた。

 

 その瞬間、祭りの音楽が鳴り響いた。
 笛と太鼓の音が空へ舞い上がり、
 花びらが風に乗ってふわりと二人を包む。

 子どもたちは踊り、大人たちは笑い、
 屋敷全体が幸福の気配に満ちていた。

 カチュアはその光景を見渡しながら、
 心の中でそっと祈る。

 > ――どうか、もう誰も「誰かの影」として生きませんように。

 

 日が沈む頃、二人は屋敷のテラスで並んで紅茶を飲んでいた。
 空は金色から茜色に変わり、
 ラベンダーの香りが風に乗って流れてくる。

 「旦那様」
 「ん?」
 「最近、リオナ様から手紙が届きましたの」
 「……そうか。なんと?」

 カチュアは微笑みながら封書を取り出す。
 「“神の導きとは、試練ではなく気づきのことでした”――
  そう書いてありましたの。
  今は孤児院の運営を手伝っているそうです」

 「……彼女も変わったのだな」
 「ええ。人は、変わるものですわ」

 カチュアは紅茶を一口啜り、
 「でも、わたくしはもう十分に満たされていますの」と続けた。
 「あなたと過ごす時間が、わたくしの“神の奇跡”ですわ」

 ライナルトの瞳が柔らかく光る。
 「君が笑っている限り、奇跡は続くだろう」

 「……でしたら、毎日笑っていなきゃいけませんわね」
 「その笑顔を見るために、私は毎日干渉する」
 「ふふ、干渉夫の称号、返上はさせませんわよ」

 

 夜風が吹き抜け、クローバーの鈴のような音が響いた。
 星がひとつ、空に瞬く。

 カチュアは静かに目を閉じ、
 胸の前で両手を組んだ。

 > “婚約破棄”という言葉が、あの日わたしを壊した。
 > けれど今、それが新しい人生の扉を開いてくれたのだと思う。
 > あの日のわたしに伝えたい――
 > 「大丈夫。あなたの未来は、こんなにも穏やかで、
 >  こんなにも甘い香りに包まれています」と。

 

 そして、ライナルトの方を見上げて微笑む。
 「旦那様――紅茶のおかわりはいかがですか?」
 「もちろん。君の淹れる紅茶は、世界一だからな」
 「まぁ……お上手になって。
  では、今夜は特別に“幸福のブレンド”をお出ししますわ」

 カチュアはティーポットを傾け、
 紅茶の琥珀色の液体が二人の間にやさしく注がれる。
 立ちのぼる香りは、まるで未来への約束のようだった。

 

 窓の外には、満天の星。
 その光の下で、二人は寄り添いながら微笑む。

 ――これは、“婚約破棄”から始まった物語の結末。
 誰かに選ばれなかった令嬢が、
 “自分を選ぶ”ことを覚え、
 やがて“愛される”ことを知った物語。

 風がラベンダーを揺らし、
 幸福の香りが、夜の静寂に溶けていった。

 

 > 「旦那様、わたくし――この日常が大好きですの」
 > 「ああ。私もだ」

 その小さな会話こそが、
 二人の世界における、最も完璧な“ざまぁ”の証だった。


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