『婚約破棄された令嬢ですが、名も残さず街を支えています』

ふわふわ

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第19話 差が形になるとき

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第19話 差が形になるとき

 王都に、珍しく晴れ間が広がった日だった。
 重たかった空気が一時的に洗われたかのように、街は明るさを取り戻している。

 だが、バルタザール・フォン・クロイツの胸中は、その光とは正反対だった。

 「……ここまで、差が出るとはな」

 執務室の机に並べられた二つの報告書。
 一つは、彼が主導した案件。
 もう一つは、コルネリア・フォン・ヴァルデンが関わった案件だ。

 どちらも失敗していない。
 だが、決定的に違う点がある。

 ――速度と、余白。

 彼の案件は、想定外を恐れるあまり、準備に準備を重ねた結果、開始が遅れた。
 開始が遅れれば、状況は変わる。
 変われば、さらに調整が必要になる。

 悪循環だ。

 一方、彼女の案件は、完璧を目指していない。
 小さく始め、途中で直し、止まらない。

 結果として、進捗は早く、現場の疲弊も少ない。

 「……同じ情報量でも、こうも違うのか」

 彼は、無意識に歯を食いしばっていた。

 能力の差、と言ってしまえば簡単だ。
 だが、それでは納得できない。

 彼女は、特別な権限を持っているわけではない。
 予算も、部下の数も、彼より少ない。

 それなのに――結果が違う。

 その理由が、ようやく、はっきりと見えてきていた。

 ――視点が、違う。

 彼は、常に「上」から見ていた。
 制度、数字、評価。

 彼女は、「中」にいた。
 人の生活、疲労、継続。

 だから、同じ問題でも、選ぶ手段が違う。

 その日の午前、王宮で開かれた合同報告会。
 複数の案件が一度に報告される場だ。

 「次に、ヴァルデン伯爵令嬢の担当案件について」

 その名が呼ばれた瞬間、空気が少し変わる。
 期待、と言うほど大げさではない。
 だが、自然と耳が向く。

 報告は簡潔だった。
 進捗。
 問題点。
 次の一手。

 どれも短く、余計な修飾がない。

 「……以上です」

 報告が終わると、数名が質問をしたが、混乱は起きなかった。
 彼女の説明は、質問が出る前提で組み立てられている。

 「分かりやすい」
 「現場が見えている」

 そんな小声が、確実に増えている。

 次に呼ばれたのは、バルタザールの案件だった。
 彼は、資料を手に説明を始める。

 内容自体は、悪くない。
 だが、説明の途中で、質問が入る。

 「その場合の代替案は?」
 「現場の負担は、どうなりますか」

 答えられないわけではない。
 だが、一拍、考える時間が必要になる。

 その一拍が、
 差として、はっきり浮かび上がった。

 会が終わったあと、廊下で若い官僚が言った。

 「クロイツ卿の案も堅実ですが……ヴァルデン伯爵令嬢の方が、動かしやすいですね」

 悪意はない。
 率直な感想だ。

 バルタザールは、曖昧に頷くしかなかった。

 一方その頃、コルネリアは王都郊外の仮設事務所にいた。
 机の上には、現場から届いた簡単な報告。

 「資材の搬入が一日遅れましたが、代替で対応しました」

 「了解です。次は、搬入経路を二つ確保しましょう」

 即答。
 迷いはない。

 補佐が、少し躊躇いがちに切り出す。

 「最近……クロイツ卿と比較されることが増えています」

 コルネリアは、ペンを止めずに答えた。

 「比べられるのは、仕方ありません」

 「気になさらないのですか?」

 彼女は、少しだけ考えた。

 「気にする必要がありません。私たちは、競っていませんから」

 競争ではない。
 勝ち負けでもない。

 ただ、それぞれが選んだ立ち位置が違うだけだ。

 夕刻、王都に戻る馬車の中で、バルタザールは窓の外を見つめていた。
 行き交う人々。
 それぞれが、自分の目的地へ向かっている。

 ――差は、才能だけではなかった。

 選び続けた姿勢。
 向き合い続けた対象。

 その積み重ねが、
 今、形になって現れている。

 夜、彼は書斎で、古い覚書を読み返した。
 婚約中、彼女が残していたメモ。

 「急がないこと。止まらないこと」
 「人が疲れたら、制度も壊れる」

 今なら、意味が分かる。

 だが――

 「……遅いな」

 理解したときには、
 すでに並ぶ場所は、失われていた。

 一方、コルネリアは、屋敷の灯りを落とし、静かに夜を迎えていた。
 比較されることも、評価が広がることも、彼女の歩幅を変えない。

 差が形になったからといって、
 振り返る理由にはならない。

 それぞれの選択が、
 それぞれの結果を生む。

 そして今、
 その結果が、
 誰の目にもはっきりと見える形で、現れ始めていた。
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