『婚約破棄された令嬢ですが、名も残さず街を支えています』

ふわふわ

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第20話 重ならない評価

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第20話 重ならない評価

 王都に、ひとつの通達が静かに回った。
 大々的な発表ではない。式典も、祝辞もない。ただ、必要な部署にだけ届けられた、簡潔な文書だった。

 ――中規模領地整備計画、主担当を変更する。

 その文言を目にしたとき、バルタザール・フォン・クロイツは、一瞬だけ指を止めた。
 変更先の名前を見るまでもない。

 「……ヴァルデン伯爵令嬢、か」

 声に出しても、驚きはなかった。
 むしろ、遅すぎるとさえ感じる。

 これまで、彼女が関わった案件は、例外なく安定していた。
 数字は派手ではない。
 だが、途中で止まらない。修正が利く。現場が荒れない。

 それは、王宮が最も欲している性質だった。

 「表向きは、役割分担の見直し……」

 文書に記された理由を読みながら、彼は小さく息を吐いた。
 誰も、彼の失敗を責めていない。
 だからこそ、言い訳もできない。

 彼は“外された”のではない。
 ただ、より適した人間が選ばれただけだ。

 午前の会議で、その件が話題に上った。

 「今回の案件は、ヴァルデン伯爵令嬢が主導します」

 淡々と告げられたその一言に、異論は出なかった。
 数名が、当然のように頷く。

 「現場との調整も、彼女が中心となります」
 「進捗管理は、これまで通りの方式で」

 “これまで通り”。
 それは、彼女の方式が、すでに標準になったという意味だ。

 バルタザールは、発言の機会を与えられたが、短く答えるだけだった。

 「……問題ありません」

 それ以上、言うことはない。

 会議後、廊下で若い官僚が彼に声をかけた。

 「クロイツ卿、今回の件……お力をお借りする場面もあるかと思います」

 丁寧な言い回しだ。
 だが、立場の変化は明確だった。

 彼は、補佐に回る。

 「……分かった」

 それだけ答え、歩き出す。

 胸に湧いた感情は、悔しさでも、怒りでもなかった。
 ただ、はっきりとした実感。

 ――評価は、もう重ならない。

 一方その頃、コルネリア・フォン・ヴァルデンは、王都郊外の事務所で、打ち合わせを行っていた。
 新たに任された案件について、関係者と初顔合わせだ。

 「今回の計画ですが、まずは現状確認から始めます」

 彼女は、地図を広げる。

 「すぐに成果を出す必要はありません。ですが、止まらない形を作ります」

 集まった者たちは、互いに顔を見合わせ、やがて頷いた。
 その言葉が、もう信用されている。

 打ち合わせが終わると、補佐が小声で言った。

 「王宮でも、評価が定まりつつあります」

 「そうですか」

 「……クロイツ卿と、比較されることも」

 コルネリアは、ほんの一瞬だけ、考える素振りを見せた。

 「比較は、されるでしょう」

 だが、それ以上、言葉を続けなかった。

 比べられることに、意味はない。
 彼女が向いているのは、評価の場ではなく、現場だ。

 夕刻、王宮に戻ったバルタザールは、窓辺に立ち、王都を見下ろしていた。
 人の流れは、変わらない。
 だが、自分の立ち位置だけが、確実に変わった。

 「……同じ評価を受けることは、もうない」

 それは、敗北宣言ではない。
 現実の確認だ。

 彼は、これまで“同列”だと思っていた。
 だが、同じ方向を見ていたわけではなかった。

 彼女は、成果を見る。
 彼は、評価を見る。

 その違いが、今、決定的な差として現れている。

 夜、コルネリアは、屋敷で一人、報告書に目を通していた。
 新しい案件。
 新しい人々。
 新しい責任。

 負担は増える。
 だが、迷いはない。

 彼女は、もう証明する必要がない。
 誰かに選ばれるためでも、
 誰かに認められるためでもなく――

 自分が正しいと思う進め方を、続けるだけだ。

 同じ夜、バルタザールは机に向かい、静かにペンを取った。
 補佐として提出する覚書だ。

 派手さはない。
 評価につながる仕事でもない。

 だが、必要な仕事だ。

 「……これが、今の立場か」

 そう呟きながらも、彼は手を止めなかった。

 評価は、重ならない。
 道も、重ならない。

 だが、それぞれの場所で、果たすべき役割はある。

 その事実を、
 ようやく、真正面から受け止めながら――
 二人は、同じ夜を、まったく別の位置で迎えていた。
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