20 / 39
第21話 立場が語るもの
しおりを挟む
第21話 立場が語るもの
王都の朝は、淡々と始まった。
鐘の音が遠くで鳴り、通りには人の流れが戻ってくる。昨日と変わらない景色――だが、その中で、確実に変わったものがあった。
バルタザール・フォン・クロイツは、会議室の端に用意された席に腰を下ろした。
以前なら、中央。議題を主導する位置だった。
今は、補佐としての席。発言は求められるが、決定権はない。
「……始めよう」
司会役の声が響く。
彼は資料を開き、静かに目を通した。今日の議題は、先日正式に任された中規模領地整備計画。主担当は、コルネリア・フォン・ヴァルデン。
扉が開き、彼女が入室する。
視線が一瞬、集まり、すぐに議題へと戻る。特別扱いではない。だが、自然に中心が彼女へ寄っていく。
「まず、現状報告から」
コルネリアの声は落ち着いていた。
資料のページをめくる音が揃う。彼女の説明は簡潔で、前提を共有することに重きが置かれている。
「ここで無理をすると、次の段階で必ず反動が出ます。ですから、初動はこの程度に抑えます」
誰も反論しない。
理由が、すでに示されているからだ。
バルタザールは、そのやり取りを見ながら、胸の奥に静かな感情を抱いた。
羨望でも、嫉妬でもない。
――納得だ。
彼女が中心に立つのは、偶然でも、同情でもない。
この場が求めているのは、成果を誇る声ではなく、進み続ける仕組みだからだ。
議論の途中、彼に発言が求められた。
「クロイツ卿、補足はありますか」
一瞬、空気が張る。
彼は、短く頷いた。
「現場の負担を減らすため、資材搬入の経路を二系統に分ける案があります。ただし、初期費用はやや増えます」
それだけだ。
評価を狙った言葉も、主導権を奪う意図もない。
コルネリアは、彼の方を見て頷いた。
「有効です。初期費用は抑えられませんが、全体の停滞を防げます。採用しましょう」
即断だった。
躊躇も、保留もない。
その瞬間、バルタザールは理解した。
――立場が違う。
彼は案を出す側になり、
彼女は選ぶ側になった。
それだけのこと。
だが、その差は、埋められない。
会議は予定通りに終わり、人々が立ち上がる。
何人かが、自然にコルネリアへ声をかけた。進捗の確認、次の予定。どれも、信頼を前提にしたものだ。
バルタザールは、その輪から一歩離れ、資料をまとめる。
彼女と視線が合い、短く会釈が交わされた。
言葉はない。
必要もない。
廊下に出ると、若い官僚が小声で話しているのが聞こえた。
「判断が早いですよね」
「ええ。でも、無理がない。不思議です」
その評価は、以前、彼に向けられていたものだ。
今は、彼女のものになっている。
午後、バルタザールは補佐として、現場から届いた報告を整理していた。
地味な作業だ。目立たない。
だが、必要な仕事だ。
「……こういう仕事を、彼女はずっとやっていたのか」
婚約中、彼女は表に出ず、裏で整え続けていた。
自分が輝くための舞台を。
皮肉でも、恨みでもない。
ただの事実だ。
一方その頃、コルネリアは別室で、次の段階について打ち合わせをしていた。
彼女は、机の端に置かれた小さな地図を指でなぞる。
「この区域は、急がない方がいい。住民の理解が先です」
「時間がかかりますが……」
「構いません。時間は、使い方次第で味方になります」
その言葉に、相手は深く頷いた。
夕刻、王都の空は赤く染まり、影が長く伸びる。
バルタザールは、窓辺に立ち、遠くを見つめていた。
――立場が語るものは、言葉よりも正直だ。
彼は、選ばれる側ではなくなった。
だが、切り捨てられたわけでもない。
自分の居場所が、変わっただけだ。
夜、コルネリアは屋敷に戻り、今日の決定事項を簡潔にまとめていた。
成果を誇る記録は、必要ない。
次に進むための覚え書きだけで十分だ。
彼女は、窓の外に広がる夜を見て、静かに息を吐いた。
もう、過去の立場には戻らない。
戻る必要もない。
同じ夜、バルタザールは書斎で、補佐としての報告書を書き終えた。
署名をし、封を閉じる。
そこに書かれた名前は、
主担当ではない。
だが、彼はそれを、初めて真正面から受け入れていた。
立場が語るものは、
栄光でも、屈辱でもない。
選び続けた結果だ。
二人は、同じ王都にいながら、
それぞれの立場で、
それぞれの現実を生きていた。
そしてその距離は、
もう縮まることはないが――
否定する必要も、もうなかった。
王都の朝は、淡々と始まった。
鐘の音が遠くで鳴り、通りには人の流れが戻ってくる。昨日と変わらない景色――だが、その中で、確実に変わったものがあった。
バルタザール・フォン・クロイツは、会議室の端に用意された席に腰を下ろした。
以前なら、中央。議題を主導する位置だった。
今は、補佐としての席。発言は求められるが、決定権はない。
「……始めよう」
司会役の声が響く。
彼は資料を開き、静かに目を通した。今日の議題は、先日正式に任された中規模領地整備計画。主担当は、コルネリア・フォン・ヴァルデン。
扉が開き、彼女が入室する。
視線が一瞬、集まり、すぐに議題へと戻る。特別扱いではない。だが、自然に中心が彼女へ寄っていく。
「まず、現状報告から」
コルネリアの声は落ち着いていた。
資料のページをめくる音が揃う。彼女の説明は簡潔で、前提を共有することに重きが置かれている。
「ここで無理をすると、次の段階で必ず反動が出ます。ですから、初動はこの程度に抑えます」
誰も反論しない。
理由が、すでに示されているからだ。
バルタザールは、そのやり取りを見ながら、胸の奥に静かな感情を抱いた。
羨望でも、嫉妬でもない。
――納得だ。
彼女が中心に立つのは、偶然でも、同情でもない。
この場が求めているのは、成果を誇る声ではなく、進み続ける仕組みだからだ。
議論の途中、彼に発言が求められた。
「クロイツ卿、補足はありますか」
一瞬、空気が張る。
彼は、短く頷いた。
「現場の負担を減らすため、資材搬入の経路を二系統に分ける案があります。ただし、初期費用はやや増えます」
それだけだ。
評価を狙った言葉も、主導権を奪う意図もない。
コルネリアは、彼の方を見て頷いた。
「有効です。初期費用は抑えられませんが、全体の停滞を防げます。採用しましょう」
即断だった。
躊躇も、保留もない。
その瞬間、バルタザールは理解した。
――立場が違う。
彼は案を出す側になり、
彼女は選ぶ側になった。
それだけのこと。
だが、その差は、埋められない。
会議は予定通りに終わり、人々が立ち上がる。
何人かが、自然にコルネリアへ声をかけた。進捗の確認、次の予定。どれも、信頼を前提にしたものだ。
バルタザールは、その輪から一歩離れ、資料をまとめる。
彼女と視線が合い、短く会釈が交わされた。
言葉はない。
必要もない。
廊下に出ると、若い官僚が小声で話しているのが聞こえた。
「判断が早いですよね」
「ええ。でも、無理がない。不思議です」
その評価は、以前、彼に向けられていたものだ。
今は、彼女のものになっている。
午後、バルタザールは補佐として、現場から届いた報告を整理していた。
地味な作業だ。目立たない。
だが、必要な仕事だ。
「……こういう仕事を、彼女はずっとやっていたのか」
婚約中、彼女は表に出ず、裏で整え続けていた。
自分が輝くための舞台を。
皮肉でも、恨みでもない。
ただの事実だ。
一方その頃、コルネリアは別室で、次の段階について打ち合わせをしていた。
彼女は、机の端に置かれた小さな地図を指でなぞる。
「この区域は、急がない方がいい。住民の理解が先です」
「時間がかかりますが……」
「構いません。時間は、使い方次第で味方になります」
その言葉に、相手は深く頷いた。
夕刻、王都の空は赤く染まり、影が長く伸びる。
バルタザールは、窓辺に立ち、遠くを見つめていた。
――立場が語るものは、言葉よりも正直だ。
彼は、選ばれる側ではなくなった。
だが、切り捨てられたわけでもない。
自分の居場所が、変わっただけだ。
夜、コルネリアは屋敷に戻り、今日の決定事項を簡潔にまとめていた。
成果を誇る記録は、必要ない。
次に進むための覚え書きだけで十分だ。
彼女は、窓の外に広がる夜を見て、静かに息を吐いた。
もう、過去の立場には戻らない。
戻る必要もない。
同じ夜、バルタザールは書斎で、補佐としての報告書を書き終えた。
署名をし、封を閉じる。
そこに書かれた名前は、
主担当ではない。
だが、彼はそれを、初めて真正面から受け入れていた。
立場が語るものは、
栄光でも、屈辱でもない。
選び続けた結果だ。
二人は、同じ王都にいながら、
それぞれの立場で、
それぞれの現実を生きていた。
そしてその距離は、
もう縮まることはないが――
否定する必要も、もうなかった。
0
あなたにおすすめの小説
とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜
入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】
社交界を賑わせた婚約披露の茶会。
令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。
「真実の愛を見つけたんだ」
それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。
愛よりも冷たく、そして美しく。
笑顔で地獄へお送りいたします――
夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました
香木陽灯
恋愛
伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。
これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。
実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。
「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」
「自由……」
もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。
ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。
再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。
ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。
一方の元夫は、財政難に陥っていた。
「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」
元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。
「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」
※ふんわり設定です
婚約破棄されたけど、どうして王子が泣きながら戻ってくるんですか?
ほーみ
恋愛
「――よって、リリアーヌ・アルフェン嬢との婚約は、ここに破棄とする!」
華やかな夜会の真っ最中。
王子の口から堂々と告げられたその言葉に、場は静まり返った。
「……あ、そうなんですね」
私はにこやかにワイングラスを口元に運ぶ。周囲の貴族たちがどよめく中、口をぽかんと開けたままの王子に、私は笑顔でさらに一言添えた。
「で? 次のご予定は?」
「……は?」
夫に欠陥品と吐き捨てられた妃は、魔法使いの手を取るか?
里見
恋愛
リュシアーナは、公爵家の生まれで、容姿は清楚で美しく、所作も惚れ惚れするほどだと評判の妃だ。ただ、彼女が第一皇子に嫁いでから三年が経とうとしていたが、子どもはまだできなかった。
そんな時、夫は陰でこう言った。
「完璧な妻だと思ったのに、肝心なところが欠陥とは」
立ち聞きしてしまい、失望するリュシアーナ。そんな彼女の前に教え子だった魔法使いが現れた。そして、魔法使いは、手を差し出して、提案する。リュシアーナの願いを叶える手伝いをするとーー。
リュシアーナは、自身を子を産む道具のように扱う夫とその周囲を利用してのしあがることを決意し、その手をとる。様々な思惑が交錯する中、彼女と魔法使いは策謀を巡らして、次々と世論を操っていく。
男尊女卑の帝国の中で、リュシアーナは願いを叶えることができるのか、魔法使いは本当に味方なのか……。成り上がりを目論むリュシアーナの陰謀が幕を開ける。
***************************
本編完結済み。番外編を不定期更新中。
【完結】婚約破棄される前に察して距離を置いていたら、幼なじみの第三王子が本気になっていました〜義妹と元婚約者? もう過去の人です〜
井上 佳
恋愛
婚約者に裏切られた侯爵令嬢は、
嘆くことも、復讐に走ることもなかった。
彼女が選んだのは、沈黙と誇り。
だがその姿は、
密かに彼女を想い続けていた第三王子の心を動かす。
「私は、国よりも君を選ぶ」
婚約破棄、王位継承、外交圧力――
すべてを越えて選び取る、正統な幸福。
これは、
強く、静かな恋の物語。
2026/02/23 完結
どうぞ添い遂げてください
あんど もあ
ファンタジー
スカーレット・クリムゾン侯爵令嬢は、王立学園の卒業パーティーで婚約もしていない王子から婚約破棄を宣言される。さらには、火山の噴火の生贄になるように命じられ……。
ちょっと残酷な要素があるのでR 15です。
【完結】✴︎私と結婚しない王太子(あなた)に存在価値はありませんのよ?
綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
「エステファニア・サラ・メレンデス――お前との婚約を破棄する」
婚約者であるクラウディオ王太子に、王妃の生誕祝いの夜会で言い渡された私。愛しているわけでもない男に婚約破棄され、断罪されるが……残念ですけど、私と結婚しない王太子殿下に価値はありませんのよ? 何を勘違いしたのか、淫らな恰好の女を伴った元婚約者の暴挙は彼自身へ跳ね返った。
ざまぁ要素あり。溺愛される主人公が無事婚約破棄を乗り越えて幸せを掴むお話。
表紙イラスト:リルドア様(https://coconala.com/users/791723)
【完結】本編63話+外伝11話、2021/01/19
【複数掲載】アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ、カクヨム、ノベルアップ+
2021/12 異世界恋愛小説コンテスト 一次審査通過
2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
【完結】離縁王妃アデリアは故郷で聖姫と崇められています ~冤罪で捨てられた王妃、地元に戻ったら領民に愛され「聖姫」と呼ばれていました~
猫燕
恋愛
「――そなたとの婚姻を破棄する。即刻、王宮を去れ」
王妃としての5年間、私はただ国を支えていただけだった。
王妃アデリアは、側妃ラウラの嘘と王の独断により、「毒を盛った」という冤罪で突然の離縁を言い渡された。「ただちに城を去れ」と宣告されたアデリアは静かに王宮を去り、生まれ故郷・ターヴァへと向かう。
しかし、領地の国境を越えた彼女を待っていたのは、驚くべき光景だった。
迎えに来たのは何百もの領民、兄、彼女の帰還に歓喜する侍女たち。
かつて王宮で軽んじられ続けたアデリアの政策は、故郷では“奇跡”として受け継がれ、領地を繁栄へ導いていたのだ。実際は薬学・医療・農政・内政の天才で、治癒魔法まで操る超有能王妃だった。
故郷の温かさに癒やされ、彼女の有能さが改めて証明されると、その評判は瞬く間に近隣諸国へ広がり──
“冷徹の皇帝”と恐れられる隣国の若き皇帝・カリオンが現れる。
皇帝は彼女の才覚と優しさに心を奪われ、「私はあなたを守りたい」と静かに誓う。
冷徹と恐れられる彼が、なぜかターヴァ領に何度も通うようになり――「君の価値を、誰よりも私が知っている」「アデリア・ターヴァ。君の全てを、私のものにしたい」
一方その頃――アデリアを失った王国は急速に荒れ、疫病、飢饉、魔物被害が連鎖し、内政は崩壊。国王はようやく“失ったものの価値”を理解し始めるが、もう遅い。
追放された王妃は、故郷で神と崇められ、最強の溺愛皇帝に娶られる!「あなたが望むなら、帝国も全部君のものだ」――これは、誰からも理解されなかった“本物の聖女”が、
ようやく正当に愛され、報われる物語。
※「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる