『婚約破棄された令嬢ですが、名も残さず街を支えています』

ふわふわ

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第24話 責任の重さ

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第24話 責任の重さ

 朝の王都は、いつもより静かだった。
 人の流れはある。鐘も鳴っている。だが、空気の底に、張りつめたものがある。
 それは、失敗の予兆ではない。判断が問われる日特有の緊張だ。

 コルネリア・フォン・ヴァルデンは、王宮の会議室に一人早く入り、机の上に資料を並べていた。
 第三段階に入った水路整備計画――これまで積み上げてきた信頼を、正式な責任へと変換する局面。

 名目上の主担当ではない。
 だが、誰もが理解している。

 最終判断は、彼女が下す。

 扉が開き、関係者が揃う。
 視線が集まり、そして自然に彼女から外れていく。
 今の彼女は、注目される存在ではない。判断を委ねられる存在だ。

 「では、始めましょう」

 淡々と告げる声に、異論はない。

 最初に示されたのは、昨夜遅くに届いた追加報告だった。
 上流域での想定外の増水。
 住民の一部から出始めた不安の声。

 「このまま進めれば、工期は守れます」

 技術担当が言う。

 「ただし、説明不足のまま進めば、反発が出る可能性があります」

 今度は、現場担当が続けた。

 全員が、コルネリアを見る。
 早く決めろ、という圧ではない。
 どう決めるのかを見ている視線だ。

 コルネリアは、資料を一枚閉じ、静かに口を開いた。

 「工期を、三日延ばします」

 会議室に、わずかなざわめきが走る。

 「三日、ですか?」
 「影響は限定的ですが……」

 彼女は頷いた。

 「ええ。ですが、その三日で、説明会を追加します。全地区ではありません。影響の出やすい区域だけでいい」

 「それで、理解が得られるでしょうか」

 問いに、彼女は即答しなかった。
 少しだけ考え、それから答える。

 「理解されなくても構いません。ただ、不安は減らせます」

 沈黙。

 「反対があっても進める、ということですか?」

 コルネリアは、首を横に振った。

 「反対が出た理由を、把握した上で進めます。理由を無視することと、結論を変えないことは、違います」

 その言葉に、空気が変わる。

 これは、妥協ではない。
 かといって、強行でもない。

 責任を引き受ける判断だった。

 「……分かりました」

 最終的に、誰かがそう言った。
 反対は出ない。納得が、静かに広がっていく。

 決定事項が書き込まれ、会議は終了した。

 立ち上がる人々の中で、バルタザール・フォン・クロイツは、少しだけその場に残っていた。
 補佐として、説明会の準備資料をまとめる役目を負っている。

 「……三日、ですね」

 彼は、誰にともなく言った。

 コルネリアは、視線を上げる。

 「長いですか?」

 「いいえ。短い」

 彼は、正直に答えた。

 「以前の私なら、工期を守ることを優先しました。結果、反発が長引いたでしょう」

 それは、評価のための判断だった。
 今なら、はっきり分かる。

 「責任を持つ、というのは……重いですね」

 バルタザールの言葉に、コルネリアは静かに頷いた。

 「重いからこそ、引き受ける価値があります」

 それ以上、言葉は要らなかった。

 午後、影響区域での説明会が準備された。
 規模は小さい。椅子も足りない。
 だが、集まった住民の表情は真剣だった。

 不安。疑念。怒り。

 それらを、コルネリアは正面から受け止める。

 「すべての不安を、今日解消することはできません」

 そう前置きした上で、彼女は続けた。

 「ですが、隠しません。判断した理由と、想定しているリスクは、すべてお話しします」

 説明は、簡潔だった。
 都合の悪い点も、削らない。

 質問が出る。
 厳しい言葉も飛ぶ。

 それでも、彼女は逃げなかった。

 夜、屋敷に戻ったコルネリアは、外套を脱ぎ、椅子に深く腰を下ろした。
 疲労はある。だが、後悔はない。

 「……これが、責任」

 自分の判断で、時間を延ばした。
 自分の判断で、矢面に立った。

 それでも進むと決めた。

 一方、同じ夜。
 バルタザールは、説明会の記録をまとめながら、ふと手を止めた。

 ――責任の重さは、肩書きでは決まらない。

 誰が、決め。
 誰が、逃げずに立つか。

 それだけだ。

 かつて、自分はその重さを、他人に預けていた。
 今、その事実を、ようやく認められる。

 王都の灯が、一つずつ消えていく。

 コルネリア・フォン・ヴァルデンは、静かに目を閉じた。
 重さはある。
 だが、それを背負う覚悟は、もう揺らがない。

 責任とは、
 選ばれた者に与えられる報酬ではない。

 選び続ける者が、引き受けるものなのだ。
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