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第5話 王都が空になる日
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第5話 王都が空になる日
出発の合図は、結局、誰の口からも発せられなかった。
それでも列は、自然と動き出す。
先頭に立つのは騎士団。続くのは荷車と馬車、徒歩の人々。
そしてその中心に、カグラがいた。
「……本当に、歩き始めてしまいましたわね」
自分の足で進みながら、他人事のように呟く。
背後では、国王が楽しげに周囲を眺めていた。
「ほれ、見よ。あれほど人がいた王都が、もう静かじゃ」
振り返ると、城壁の向こうに広がる王都は、確かに異様な光景だった。
人の気配が、薄い。
商人通りは半分以上の店が閉まり、
工房地区では、炉の火が落とされている。
「……まるで、祝祭の翌朝みたいですわ」
「祝祭、か」
国王は低く笑った。
「国を失った祝祭というのも、皮肉なものじゃな」
城門を抜けると、道の両脇に人影が見えた。
荷をまとめきれず、見送るだけの者たちだ。
「カグラ様……」
誰かが、小さく名を呼ぶ。
「どうか……ご無事で……」
「必ず、また……」
カグラは足を止め、一人ひとりに頭を下げた。
「ありがとうございます」
それ以上、何も言わなかった。
約束も、希望も、口にしない。
――戻るかどうかは、まだ決めていないから。
だが、その姿を見て、見送る人々は悟った。
彼女は“逃げている”のではない。
“前に行く”のだと。
その頃、王城の玉座の間。
王太子レオニスは、報告を受けて立ち尽くしていた。
「……もう一度言え」
「は……王都を出た人数は、現時点で――
貴族二十二家、騎士団三部隊、商人・職人を含め、民三万を超えています」
「……三万?」
声が震える。
「王都の……半分以上ではないか……!」
「はい……」
側近は、視線を伏せた。
「城内の使用人も、最低限を残してほぼ離脱しました。
現在、王城の運営は……」
「分かった!」
怒鳴るように遮り、玉座から立ち上がる。
「勝手に行かせておけ!
どうせ、すぐに困って戻ってくる!」
そう言い放ちながらも、心の奥で、不安が膨らんでいく。
(……なぜだ)
(なぜ、俺の国から、人が消えていく……)
答えは、誰も教えてくれなかった。
再び、街道。
行列は、すでに王都を遠く離れていた。
途中で立ち止まる者はいない。
疲れた者には、自然と手が差し伸べられる。
「不思議ですわね」
カグラは、隣を歩く国王に言った。
「誰も、混乱していません」
「当然じゃ」
国王は即答した。
「混乱するのは、“行き先がない者”だけじゃ」
彼は、前方を見る。
「お前は、行き先を示した。
それだけで、人は歩ける」
カグラは、しばらく黙っていた。
(私は……)
(示したつもりなど、なかったのに)
夕暮れ時。
丘の上に到達し、一行は休息を取ることになった。
そこから見える王都は、遠く霞んでいる。
「……あそこが、私の育った場所ですのね」
「“だった場所”じゃな」
国王は、穏やかに言った。
「国とは、城ではない。
人が集まり、去る場所じゃ」
焚き火が灯り、夜が訪れる。
人々は食事を分け合い、静かに語らう。
誰一人、不満を口にしない。
その光景を見つめながら、カグラは胸に手を当てた。
(もう、戻れない)
(でも――)
(これで、いい)
追放された令嬢は、その日初めて理解した。
王都が空になるとは、
“人が消える”ことではない。
――**“国が移動する”**ということなのだと。
そしてこの夜、
歴史の記録には残らないが、
確かに語り継がれる一日が、静かに終わった。
出発の合図は、結局、誰の口からも発せられなかった。
それでも列は、自然と動き出す。
先頭に立つのは騎士団。続くのは荷車と馬車、徒歩の人々。
そしてその中心に、カグラがいた。
「……本当に、歩き始めてしまいましたわね」
自分の足で進みながら、他人事のように呟く。
背後では、国王が楽しげに周囲を眺めていた。
「ほれ、見よ。あれほど人がいた王都が、もう静かじゃ」
振り返ると、城壁の向こうに広がる王都は、確かに異様な光景だった。
人の気配が、薄い。
商人通りは半分以上の店が閉まり、
工房地区では、炉の火が落とされている。
「……まるで、祝祭の翌朝みたいですわ」
「祝祭、か」
国王は低く笑った。
「国を失った祝祭というのも、皮肉なものじゃな」
城門を抜けると、道の両脇に人影が見えた。
荷をまとめきれず、見送るだけの者たちだ。
「カグラ様……」
誰かが、小さく名を呼ぶ。
「どうか……ご無事で……」
「必ず、また……」
カグラは足を止め、一人ひとりに頭を下げた。
「ありがとうございます」
それ以上、何も言わなかった。
約束も、希望も、口にしない。
――戻るかどうかは、まだ決めていないから。
だが、その姿を見て、見送る人々は悟った。
彼女は“逃げている”のではない。
“前に行く”のだと。
その頃、王城の玉座の間。
王太子レオニスは、報告を受けて立ち尽くしていた。
「……もう一度言え」
「は……王都を出た人数は、現時点で――
貴族二十二家、騎士団三部隊、商人・職人を含め、民三万を超えています」
「……三万?」
声が震える。
「王都の……半分以上ではないか……!」
「はい……」
側近は、視線を伏せた。
「城内の使用人も、最低限を残してほぼ離脱しました。
現在、王城の運営は……」
「分かった!」
怒鳴るように遮り、玉座から立ち上がる。
「勝手に行かせておけ!
どうせ、すぐに困って戻ってくる!」
そう言い放ちながらも、心の奥で、不安が膨らんでいく。
(……なぜだ)
(なぜ、俺の国から、人が消えていく……)
答えは、誰も教えてくれなかった。
再び、街道。
行列は、すでに王都を遠く離れていた。
途中で立ち止まる者はいない。
疲れた者には、自然と手が差し伸べられる。
「不思議ですわね」
カグラは、隣を歩く国王に言った。
「誰も、混乱していません」
「当然じゃ」
国王は即答した。
「混乱するのは、“行き先がない者”だけじゃ」
彼は、前方を見る。
「お前は、行き先を示した。
それだけで、人は歩ける」
カグラは、しばらく黙っていた。
(私は……)
(示したつもりなど、なかったのに)
夕暮れ時。
丘の上に到達し、一行は休息を取ることになった。
そこから見える王都は、遠く霞んでいる。
「……あそこが、私の育った場所ですのね」
「“だった場所”じゃな」
国王は、穏やかに言った。
「国とは、城ではない。
人が集まり、去る場所じゃ」
焚き火が灯り、夜が訪れる。
人々は食事を分け合い、静かに語らう。
誰一人、不満を口にしない。
その光景を見つめながら、カグラは胸に手を当てた。
(もう、戻れない)
(でも――)
(これで、いい)
追放された令嬢は、その日初めて理解した。
王都が空になるとは、
“人が消える”ことではない。
――**“国が移動する”**ということなのだと。
そしてこの夜、
歴史の記録には残らないが、
確かに語り継がれる一日が、静かに終わった。
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