婚約破棄、追放された令嬢ですが、国民全員ついてきました ――国王陛下まで付いてくるのは聞いてません――

ふわふわ

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第6話 国が生まれる場所

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第6話 国が生まれる場所

夜明け前の空は、淡い群青色に染まっていた。

焚き火の残り香が漂う中、人々は静かに目を覚ましていく。
誰かに起こされるわけでもなく、号令がかかるわけでもない。

それでも、不思議と足並みは揃っていた。

「……皆さん、本当に規律正しいですわね」

小さく呟いたカグラに、近くで水を汲んでいた騎士が苦笑する。

「命令されていないからでしょう。
自分で動くと、人は意外と乱れません」

「なるほど……」

納得しながら、カグラは遠くを見渡した。

王都から二日。
街道はすでに彼方へと伸び、代わりに広がるのは、なだらかな丘陵と草原だった。

「この先は?」

「旧王国の境界です」

騎士が地図を指し示す。

「正式に管理されていない土地。
どの国にも属していません」

「……誰のものでもない場所、ですのね」

「はい」

その言葉に、カグラはしばらく黙り込んだ。

誰のものでもない土地。
誰にも統治されず、誰にも責任を持たれなかった場所。

――そして今、人が集まっている。

「休憩を取りましょう」

カグラの声は、驚くほど自然に広がった。

誰も異論を唱えない。
誰も戸惑わない。

丘を越えた先の平地に、人々は自然と集まり始めた。

荷を下ろし、水を分け合い、簡易の天幕が張られる。
まるで、何度も繰り返してきた作業のようだった。

「……もう、町ですわね」

国王が、感慨深そうに言う。

「まだ家も城もないがな」

「ええ。でも……」

カグラは、周囲を見回した。

笑い合う商人。
焚き火を囲む子どもたち。
地面に図を描きながら話し合う職人と学者。

そこには、恐怖も迷いもなかった。

「ここに“生きる”という意思があります」

国王は、静かに頷いた。

「だから、国になる」

そのときだった。

人々の中から、誰かが声を上げた。

「――ここを、私たちの国にしませんか」

一瞬、静寂。

だがすぐに、別の声が重なる。

「ええ、もう戻る場所はありませんし」

「なら、最初から作ればいい」

「私たちの国を」

ざわめきは、やがて確かな熱を帯びていく。

カグラは、その中心に立ち、ゆっくりと口を開いた。

「……一つだけ、はっきりさせておきます」

人々の視線が集まる。

「私は、王になるつもりはありません」

どよめき。

「誰かを支配するために、ここに来たのではないのです」

「私はただ――」

少し、言葉を探す。

「一緒に歩く場所が、必要だっただけです」

沈黙。

だが、それは拒絶ではなかった。

「それでいい」

誰かが言った。

「命令はいらない」

「一緒に決めればいい」

「先に歩いてくれる人がいれば、それで」

次々と頷きが広がる。

国王は、堪えきれないように笑った。

「ほれ見ろ。
王にならぬと言う者ほど、王にされる」

「やめてくださいまし」

「無理じゃな」

そのやり取りに、小さな笑いが起こる。

やがて、誰かが問いかけた。

「……国の名前は?」

その瞬間、空気が少しだけ張り詰めた。

カグラは、空を見上げる。

風に揺れる草。
朝日に照らされる野花。

「……サクラ」

ぽつりと、口から零れた。

「サクラ王国、です」

「サクラ王国……」

その名は、すぐに人々の間を巡った。

「いい名前だ」

「覚えやすい」

「優しくて、強い」

そうして、誰かが言った。

「ここを、サクラ王国の始まりにしましょう」

カグラは、静かに息を吸い込んだ。

(……本当に、始まってしまいましたわね)

追放された令嬢は、今や逃亡者ではなかった。

誰にも命じられず、誰にも強制されず、
ただ人の意思が集まり――

この場所で、
一つの国が、生まれたのだった。
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