婚約破棄、追放された令嬢ですが、国民全員ついてきました ――国王陛下まで付いてくるのは聞いてません――

ふわふわ

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第7話 仮設政庁、開設します

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第7話 仮設政庁、開設します

サクラ王国誕生――
そう口にしてから、まだ半日も経っていない。

それにもかかわらず、平地の一角には、すでに“それらしい光景”が出来上がりつつあった。

「……誰が言い出したわけでもないのに」

カグラは、少し離れた丘の上からその様子を眺めていた。

天幕が整然と並び、中央にはひときわ大きな布張りの建物。
周囲では、騎士が警備の配置を話し合い、商人が物資の目録を確認し、学者たちが地図を広げている。

――どう見ても、政庁である。

「人は、“必要だ”と思った瞬間に、勝手に役割を作るものじゃ」

隣に立つ国王が、感心したように言った。

「命令がないほうが、早い場合もある」

「……それ、王として言っていい台詞ですか」

「もう王ではないから問題ない」

悪びれもせず笑う姿に、カグラはため息をついた。

「私は、統治を始めるつもりはありませんよ?」

「分かっておる」

国王は頷く。

「だからこそ、あれは“仮設”じゃ」

その言葉の通り、中央の天幕には木板で作られた簡素な看板が掲げられていた。

――仮設政庁。

「……誰が書いたんですの、あれ」

「学者じゃ。三人ほどが話し合って決めておった」

「勝手に……」

そう言いながらも、カグラは否定しなかった。

今、この集団には“決める場所”が必要だ。
それを理解しているからこそ、誰も混乱していない。

「カグラ様」

背後から声がかかる。

振り返ると、商人ギルドの代表が深く頭を下げていた。

「物資の配分と、今後三日分の食糧計画がまとまりました。
確認をお願いできますか」

「……私が?」

「はい。
最終的な“確認”だけで結構です」

その言葉に、カグラは少し考えた。

(命令ではなく、確認……)

それならば、引き受けられる。

「分かりました」

仮設政庁の天幕に入ると、中は驚くほど整っていた。
簡易机、地図、帳簿、役割表。

誰かが勝手に“国”を作っているのではない。
皆が“暮らすための仕組み”を、必死に整えているだけだ。

「こちらが現在の人口です」

学者が指し示す。

「おおよそ三万二千。
内、職人が二割、農事経験者が三割、残りが商業・雑務です」

「……思った以上に、偏りがありませんね」

「元の国が、偏っていただけです」

その一言に、カグラは苦笑した。

「では、優先順位を」

「はい。
水源、食糧、簡易住居、治安――この四点です」

カグラは、地図を見つめながら静かに言った。

「“王国”としてではなく、“集落”として考えましょう」

視線が集まる。

「立派な制度は、後でいい。
まずは、明日を迎えられることを最優先に」

誰かが、ほっと息を吐いた。

「その方が、分かりやすい」

「無理がない」

「……ありがたい」

その空気を感じながら、カグラは確信する。

(私は、舵を取っているわけではない)

(ただ、速度を落としているだけ……)

夕刻。

仮設政庁の前に、人が集まり始めた。

「何か、演説でもあるのか?」

国王が面白がるように言う。

「やめてください。
私は何も話しません」

だが、集まった人々は静かに待っていた。

カグラは、一歩前に出て、短く告げる。

「今日から、ここを拠点とします」

それだけ。

拍手も歓声もない。
だが、誰一人として不満そうな顔はしなかった。

むしろ――安堵。

「……不思議ですわね」

夜、焚き火のそばで、カグラはぽつりと呟いた。

「国を作るなんて、大事件のはずなのに」

「大事件じゃよ」

国王は即答する。

「ただし、静かなだけじゃ」

火を見つめながら、続けた。

「真に強い国は、叫ばぬ。
人が安心して眠れる場所を、淡々と作る」

カグラは、焚き火の向こうで眠りにつく人々を見た。

子どもも、大人も、騎士も、商人も。
同じ地面の上で、同じ夜を迎えている。

(……これが、国)

そう理解した瞬間、胸の奥に、ずしりとした重みが落ちた。

責任。
だが同時に――

逃げ場ではなく、立つ場所。

追放された令嬢は、その夜初めて、
**“ここが帰る場所になる”**と、静かに悟った。
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