婚約破棄、追放された令嬢ですが、国民全員ついてきました ――国王陛下まで付いてくるのは聞いてません――

ふわふわ

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第30話 祝わないという選択

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第30話 祝わないという選択

朝。

いつもより、
少しだけ騒がしかった。

「……何の音です?」

カグラが窓の外を見ると、
中央広場に人だかりができている。

布が張られ、
木箱が積まれ、
誰かが鍋を運んでいた。

「ええと……」

補佐官が報告書をめくる。

「“建国一周年”の準備だそうです」

「……一周年?」

「はい。
昨年この日、
南門を越えた記録が残っていまして」

カグラは、
一瞬だけ言葉を失った。

(もう……
一年ですか)

昼。

共同体のあちこちに、
自然と装飾が増えていく。

花、布、簡素な飾り。

「ささやかですが、
祝いましょう、って」

若者が、
少し照れたように言う。

「……誰が、
主導しているのです?」

「え?」

「責任者は?」

「……いません」

その答えに、
カグラは小さく息を吐いた。

(この国らしい)

だが――
胸の奥に、
引っかかるものがあった。

夕方。

評議の場で、
カグラは口を開いた。

「皆さんに、
一つだけ
伝えたいことがあります」

ざわめきが、
静まる。

「私は――」

少し、
間を置く。

「この日を、
公式には祝いません」

空気が、
止まった。

「え……?」

「どうして……?」

誰かが、
困惑した声を上げる。

カグラは、
視線を逸らさず続けた。

「この一年、
多くの人が集い、
多くの人が去り、
多くの選択がありました」

「ですが――
それは、
“成功の物語”ではありません」

「逃げ、
迷い、
揺れ続けた記録です」

「それを、
一つの達成として
固定したくありません」

沈黙。

「祝うことが、
悪いとは言いません」

「ですが、
“節目”を作れば――」

「そこから、
比較が始まります」

「去年より、
今年はどうか」

「成長したか、
停滞したか」

「誰が残り、
誰が去ったか」

視線が、
少し下がる。

「この場所は、
それをしないために
存在しています」

一人の女性が、
勇気を出して言った。

「……でも、
嬉しい気持ちは
あるんです」

「ここに来て、
初めて
笑えた一年だったから」

カグラは、
柔らかく頷いた。

「ええ」

「それは、
否定しません」

「だから――」

少し、
声を落とす。

「祝ってください」

「ただし、
“国家の記念日”として
ではなく」

「あなた個人の、
生存の記念として」

ざわめき。

「生き延びた」

「選び直した」

「今日も、
ここに立っている」

「それを、
各自が、
各自の形で」

夜。

広場には、
小さな灯りが
ぽつぽつと灯っていた。

大きな式典はない。
号令もない。

ただ、
鍋を囲む人。
歌う人。
黙って火を見る人。

祝われているのは、
国家ではなく――
“今ここにいること”。

国王が、
少し苦笑いで言った。

「随分、
面倒な国じゃな」

「ええ」

カグラは、
微笑んだ。

「祝えば、
分かりやすいですもの」

「ですが――」

焚き火を見る。

「分かりやすさは、
いつか、
誰かを置いていきます」

深夜。

記録官の報告書には、
珍しく、
感情の混じった一文があった。

> サクラ共同体は、
建国一周年を
公式には祝わなかった。



> だが、
夜通し灯りは消えず、
笑い声も、
泣き声も、
同じ場所にあった。



> これは、
記念日ではない。



> ただの、
“生存の確認”である。



カグラは、
その報告を閉じ、
静かに呟いた。

「祝わない、
という選択も――」

「続けるための
技術ですわ」

夜空に、
特別な花火は上がらない。

だが――
この夜、
誰も、
置いていかれなかった。
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