婚約破棄、追放された令嬢ですが、国民全員ついてきました ――国王陛下まで付いてくるのは聞いてません――

ふわふわ

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第29話 選ばれなかった不安

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第29話 選ばれなかった不安

雨が、降っていた。

強くはない。
だが、止みそうにもない。

共同体の通路に敷かれた板を、
水滴が淡々と叩く音が続いている。

「……報告です」

補佐官の声は、
いつもより低かった。

「今朝、
三名が共同体を離れました」

「理由は?」

「明確には……」

一拍。

「“ここにいていいのか、
分からなくなった”と」

カグラは、
静かに書類を閉じた。

(来ましたわね)

昼。

離れた者たちの話は、
すぐに広がった。

「選ばれなかったらしい」

「仕事も、
役割も、
与えられなかったとか……」

「置いていかれる気が
したんだって」

不安は、
感染する。

特に、
“比較できない場所”では。

「……少し、
空気が重いですね」

若い事務官が、
不安そうに言う。

「ええ」

カグラは、
否定しなかった。

「“選ばれない”という感覚は、
想像以上に、
人を追い詰めます」

「でも、
選別はしていませんよね?」

「ええ」

「だからこそ、
起きるのです」

夕方。

広場に、
自然と人が集まった。

誰かが呼んだわけではない。

ただ――
確かめたかったのだ。

「私たちは……
ここに、
必要とされてるんでしょうか」

誰かの声。

「役に立たないと、
置いていかれますか?」

別の声。

問いは、
責める調子ではなかった。

むしろ、
怯えだった。

カグラは、
高台にも立たず、
人の輪に入った。

「……選ばれない不安は、
当然です」

ざわめきが、
静まる。

「この場所には、
評価表も、
序列も、
称号もありません」

「だから――
“今の自分が、
足りているのか”を
測れない」

一人の女性が、
唇を噛んだ。

「……だったら、
基準をください」

「何をすれば、
安心できるんですか?」

カグラは、
すぐには答えなかった。

少し、
雨音を聞いてから。

「基準を作れば――」

静かに。

「そこから、
脱落者が出ます」

「早いか、
遅いかの違いだけ」

「ここは、
それをしない場所です」

「じゃあ……」

若者が、
声を震わせる。

「不安なまま、
居続けろって
言うんですか?」

カグラは、
首を横に振った。

「いいえ」

「不安は、
共有してください」

「言葉にして、
ぶつけてください」

「抱えたまま、
静かに消える必要はありません」

沈黙。

やがて、
一人が言った。

「……俺、
役割を探してました」

「誰かに
“向いてる”って
言ってほしくて」

別の者が続く。

「私も……
評価されるのが
怖くて」

「でも、
何も言われないのも
怖かった」

言葉が、
ぽつぽつと落ちる。

それは、
“不満”ではなく、
“生存本能”だった。

カグラは、
それを遮らなかった。

夜。

国王が、
焚き火の前で言う。

「……制度を作らんのは、
苦行じゃな」

「ええ」

カグラは、
正直に答えた。

「“楽な正解”を
用意しないのは、
残酷です」

「ですが――」

火を見る。

「正解があるふりをして、
人を切る方が、
もっと残酷です」

翌朝。

広場に、
一枚の掲示が出た。

> 【確認の場】

役割・不安・居場所について
話したい者は、
いつでも来てください。

答えは出ません。
ですが、
無視もしません。



それは、
解決策ではなかった。

だが――
放置しないという意思だった。

数日後。

離れた三人のうち、
一人が戻ってきた。

理由は、
短かった。

「……戻っていいか、
聞きたくなった」

カグラは、
微笑んだ。

「もちろん」

「ただし――」

一拍。

「戻ったからといって、
選ばれたわけでは
ありません」

男は、
少し考えてから笑った。

「……それでいいです」

雨は、
いつの間にか止んでいた。

不安は、
消えてはいない。

だが、
共有され、
言葉にされ、
居場所の一部になり始めていた。

カグラは、
静かに思う。

(選ばれない不安が、
語れる場所)

(それもまた――
“前例”ですわね)

サクラ共同体は、
完璧ではない。

だがこの日、
“沈黙による脱落”だけは、
一つ減っていた。
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