派手にしない工房は、今日もちゃんと続いている

ふわふわ

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第五話 最初の一日と、小さな奇跡

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第五話 最初の一日と、小さな奇跡

 翌朝、裏通りの菓子店には、これまでにない緊張感が漂っていた。

 開店前だというのに、店の前にはすでに数人の影がある。
 通りすがりの者ではない。明らかに、この店を目当てにしている客だ。

「……早すぎませんこと?」

 リリカは外套のフードを深く被り、半ば呆然としながら囁いた。

「昨日、夕方に売り切れたのを見ていた人間がいたんだろう」

 シオンはいつも通りの無愛想な表情で答えながらも、どこか落ち着かない様子だった。開店前に、何度も陳列棚を確認している。

(緊張しているのは、私だけではないようですわね)

 その事実に、リリカは小さく微笑んだ。

「本日は、昨日決めた通りですわよ」

「ああ。定番商品と、“特別な菓子”を分ける」

「ええ。数も限定。売り切れたら終わりです」

 シオンは一瞬だけ眉をひそめた。

「……不満そうですわね?」

「全部の人に、行き渡らない」

「だから価値が生まれます」

 リリカは即座に言い切った。

「欲しい人全員に渡らないからこそ、人は“次も来る”のです」

 納得しきれない様子のシオンだったが、反論はしなかった。

 やがて、開店の時刻。
 扉を開けた瞬間、客たちが一斉に視線を向ける。

「おはようございます。本日も営業しております」

 リリカは柔らかな声で告げた。

 最初に入ってきたのは、年配の女性だった。

「昨日の……あの菓子は、もうないのかい?」

「ございますわ。ただし、本日は数量限定です」

 そう説明すると、女性は目を輝かせた。

「それなら、二つお願いしよう。孫にも食べさせたい」

 続いて、仕事帰りの職人、若い娘、身なりの良い紳士。
 客層はばらばらだが、共通しているのは――期待に満ちた表情だった。

 シオンは黙々と菓子を包み、リリカは会計を担当する。

 金額を告げたとき、一瞬だけ戸惑う客もいた。
 だが、試食を勧めれば、誰もが納得したように頷く。

「……この味なら、安いくらいだ」

 その一言を聞いた瞬間、リリカは内心で拳を握った。

(成功ですわ)

 午前中だけで、用意していた分の半分以上が売れた。
 しかも、誰一人として不満そうな顔をしていない。

 昼過ぎ。
 客足が一段落した頃、シオンはふと口を開いた。

「……こんな光景は、初めてだ」

「どんな光景ですの?」

「誰も、遠慮していない。欲しいと言って、笑って金を払う」

 リリカは頷いた。

「正当な価値には、正当な対価が必要です。遠慮させるのは、作り手の怠慢ですわ」

 シオンはその言葉を噛み締めるように、しばらく黙っていた。

 午後。
 最後の“特別な菓子”が売れた瞬間、店内に小さなどよめきが起こった。

「もう、終わりなの?」

「ええ。本日はこれまでです」

 落胆の声が上がる中、リリカは微笑みながら続ける。

「ですが、明日も営業いたします。内容は……少し変わるかもしれませんけれど」

 それは、ささやかな予告だった。

 客たちは名残惜しそうに店を後にし、やがて裏通りは再び静けさを取り戻す。

 扉を閉めた後、シオンは深く息を吐いた。

「……全部、計算通りか?」

「ええ。ほぼ」

 リリカは帳簿を開き、さらさらと数字を書き込む。

「本日の売上、これまでの三日分に相当します」

 その言葉に、シオンは目を見開いた。

「……信じられない」

「信じてくださいな。これは奇跡ではありません。“結果”です」

 リリカは顔を上げ、穏やかに言った。

「あなたの努力が、正しく評価されただけです」

 その言葉に、シオンは何も言えなくなった。

 やがて、ぽつりと呟く。

「……ありがとう」

 短い一言だったが、そこには深い感情が込められていた。

 リリカは少しだけ目を見開き、すぐに微笑む。

「どういたしまして。共同経営者ですもの」

 その夜。
 帳簿を整理し終えたリリカは、最後の数字を確認し、静かに息を吐いた。

(これなら、王国を支えられます)

 小さな菓子店。
 ほんの一日。

 だが確かに、未来へ続く道が、ここから始まった。

 甘い香りとともに――
 二人の関係もまた、少しだけ確かな形を帯び始めていた。
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