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第七話 噂は王城へ、静かな日常の終わり
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第七話 噂は王城へ、静かな日常の終わり
裏通りの朝は、もう静かではなくなっていた。
店の扉を開ける前から、ひそひそと囁く声が聞こえる。
行列は昨日よりも短いが、その代わり、集まる客の雰囲気が変わっていた。
「……視線が、違いますわね」
リリカはフードの奥からそっと外を見やり、小さく息を吐いた。
「ああ」
シオンも気づいていた。
単なる菓子目当てではない。好奇心、探るような目、値踏みするような視線。
「“噂を確かめに来た”顔だ」
「ええ。次の段階ですわ」
リリカは落ち着いた声で答える。
「美味しい、だけでは人は満足しません。理由を欲しがる。物語を欲しがるのです」
「……精霊の話か」
「それも含めて」
昨日の出来事は、確実に尾ひれをつけて広がっている。
見ていない者ほど、派手に語る。人の常だ。
「今日も、数量は変えません」
「来た人間の半分以上が、買えなくなるぞ」
「それでいいのです」
リリカはきっぱりと言った。
「買えなかった人は、次を待つ。買えた人は、語る。その繰り返しですわ」
シオンは苦笑する。
「……商売っていうのは、怖いな」
「ええ。でも、嘘はついていません」
彼女は棚に並ぶ菓子を見つめた。
「本当に美味しい。だからこそ、成り立つのです」
開店と同時に、客がなだれ込む。
その中に、明らかに場違いな人物が混じっていた。
仕立ての良い外套。指には宝石。
商人でも、町の人間でもない。
「……貴族ですわね」
リリカは即座に判断した。
男は店内を一瞥し、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「失礼。この店が、最近噂の……」
「はい。本日分のみの販売となります」
リリカは丁寧に、しかし必要以上にへりくだらず答えた。
「値段は?」
「こちらです」
提示された金額を見て、男は一瞬だけ目を細めた。
「……強気だな」
「品質相応です」
試食を勧めると、男は半信半疑で口に運んだ。
そして、言葉を失った。
「……なるほど」
短くそう呟き、迷いなく購入を決める。
その様子を、周囲の客たちが固唾を呑んで見守っていた。
「噂は本当だったな」
「貴族が買うほどって……」
ざわめきが、さらに大きくなる。
(想定より、早いですわね)
リリカは内心でそう思いながらも、表情は崩さない。
昼過ぎ。
予定数の残りがわずかになった頃、問題は起きた。
「――全員に売れないとは、どういうことだ」
苛立った声が、店内に響いた。
列の後方にいた男が、腕を組んで立っている。
「並んだのに、買えないのはおかしいだろう」
「申し訳ありません。本日分は、ここまでです」
リリカは冷静に答えた。
「明日も営業いたします」
「ふざけるな。金なら払う」
「お金の問題ではありません」
男の声が荒くなる。
その瞬間、シオンが一歩前に出た。
「……退いてもらう」
低い声だったが、圧があった。
騎士の気配を、隠しきれない。
「なんだ、お前……」
「これ以上騒ぐなら、今日は閉店だ」
一瞬の沈黙。
男は舌打ちし、店を出ていった。
その背中を見送りながら、リリカは静かに言う。
「助かりましたわ」
「……慣れている」
シオンは短く答えた。
そのやり取りを見ていた客たちは、逆に店への信頼を強めたようだった。
「ちゃんとしてる店だ」
「無理に売らないのがいい」
夕方。
今日も完売。
だが、リリカの胸には、昨日までになかった緊張があった。
(これはもう、裏通りの話では済みません)
王城。
その一室で、同じ噂が話題に上がっている頃だ。
――精霊が集う菓子店。
――貴族が通う裏通り。
――異様に統制の取れた経営。
「誰が、裏で糸を引いている?」
そんな疑問が、必ず浮かぶ。
閉店後、帳簿をまとめ終えたリリカは、ふと手を止めた。
「……シオン」
「どうした」
「これから、少し忙しくなりますわ」
「厄介事か」
「ええ。ですが」
彼女は顔を上げ、微笑んだ。
「逃げません。ここまで来たのですもの」
シオンはその笑顔を見つめ、静かに頷いた。
「……俺もだ」
裏通りの小さな菓子店。
そこから始まった噂は、確実に王城へ向かっていた。
静かな日常は、もう終わりを告げている。
だが、それは破滅ではない。
次の段階へ進む合図だった。
裏通りの朝は、もう静かではなくなっていた。
店の扉を開ける前から、ひそひそと囁く声が聞こえる。
行列は昨日よりも短いが、その代わり、集まる客の雰囲気が変わっていた。
「……視線が、違いますわね」
リリカはフードの奥からそっと外を見やり、小さく息を吐いた。
「ああ」
シオンも気づいていた。
単なる菓子目当てではない。好奇心、探るような目、値踏みするような視線。
「“噂を確かめに来た”顔だ」
「ええ。次の段階ですわ」
リリカは落ち着いた声で答える。
「美味しい、だけでは人は満足しません。理由を欲しがる。物語を欲しがるのです」
「……精霊の話か」
「それも含めて」
昨日の出来事は、確実に尾ひれをつけて広がっている。
見ていない者ほど、派手に語る。人の常だ。
「今日も、数量は変えません」
「来た人間の半分以上が、買えなくなるぞ」
「それでいいのです」
リリカはきっぱりと言った。
「買えなかった人は、次を待つ。買えた人は、語る。その繰り返しですわ」
シオンは苦笑する。
「……商売っていうのは、怖いな」
「ええ。でも、嘘はついていません」
彼女は棚に並ぶ菓子を見つめた。
「本当に美味しい。だからこそ、成り立つのです」
開店と同時に、客がなだれ込む。
その中に、明らかに場違いな人物が混じっていた。
仕立ての良い外套。指には宝石。
商人でも、町の人間でもない。
「……貴族ですわね」
リリカは即座に判断した。
男は店内を一瞥し、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「失礼。この店が、最近噂の……」
「はい。本日分のみの販売となります」
リリカは丁寧に、しかし必要以上にへりくだらず答えた。
「値段は?」
「こちらです」
提示された金額を見て、男は一瞬だけ目を細めた。
「……強気だな」
「品質相応です」
試食を勧めると、男は半信半疑で口に運んだ。
そして、言葉を失った。
「……なるほど」
短くそう呟き、迷いなく購入を決める。
その様子を、周囲の客たちが固唾を呑んで見守っていた。
「噂は本当だったな」
「貴族が買うほどって……」
ざわめきが、さらに大きくなる。
(想定より、早いですわね)
リリカは内心でそう思いながらも、表情は崩さない。
昼過ぎ。
予定数の残りがわずかになった頃、問題は起きた。
「――全員に売れないとは、どういうことだ」
苛立った声が、店内に響いた。
列の後方にいた男が、腕を組んで立っている。
「並んだのに、買えないのはおかしいだろう」
「申し訳ありません。本日分は、ここまでです」
リリカは冷静に答えた。
「明日も営業いたします」
「ふざけるな。金なら払う」
「お金の問題ではありません」
男の声が荒くなる。
その瞬間、シオンが一歩前に出た。
「……退いてもらう」
低い声だったが、圧があった。
騎士の気配を、隠しきれない。
「なんだ、お前……」
「これ以上騒ぐなら、今日は閉店だ」
一瞬の沈黙。
男は舌打ちし、店を出ていった。
その背中を見送りながら、リリカは静かに言う。
「助かりましたわ」
「……慣れている」
シオンは短く答えた。
そのやり取りを見ていた客たちは、逆に店への信頼を強めたようだった。
「ちゃんとしてる店だ」
「無理に売らないのがいい」
夕方。
今日も完売。
だが、リリカの胸には、昨日までになかった緊張があった。
(これはもう、裏通りの話では済みません)
王城。
その一室で、同じ噂が話題に上がっている頃だ。
――精霊が集う菓子店。
――貴族が通う裏通り。
――異様に統制の取れた経営。
「誰が、裏で糸を引いている?」
そんな疑問が、必ず浮かぶ。
閉店後、帳簿をまとめ終えたリリカは、ふと手を止めた。
「……シオン」
「どうした」
「これから、少し忙しくなりますわ」
「厄介事か」
「ええ。ですが」
彼女は顔を上げ、微笑んだ。
「逃げません。ここまで来たのですもの」
シオンはその笑顔を見つめ、静かに頷いた。
「……俺もだ」
裏通りの小さな菓子店。
そこから始まった噂は、確実に王城へ向かっていた。
静かな日常は、もう終わりを告げている。
だが、それは破滅ではない。
次の段階へ進む合図だった。
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