派手にしない工房は、今日もちゃんと続いている

ふわふわ

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第八話 王城からの視線と、揺れる立場

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第八話 王城からの視線と、揺れる立場

 その日の朝、リリカは王城の執務室に呼び出されていた。

 重厚な扉の向こうに広がる空気は、裏通りの菓子店とはまるで違う。磨き上げられた床、整然と並ぶ書類、そして――探るような視線。

「最近、王都で妙な噂が広がっている」

 財務官の一人が、慎重に口を開いた。

「精霊が集う菓子店、貴族が通う裏通り、異様な売上……ご存じですかな、王女殿下」

 リリカは一瞬だけ瞬きをし、すぐに穏やかな表情を作った。

「噂話は、街に付き物ですわ」

 否定も肯定もしない。
 それが、王城で生きる術だった。

「だが、放置するには影響が大きい」

 別の官僚が言葉を継ぐ。

「王都の商人たちが動揺しています。特定の店に客が集中すれば、軋轢が生まれる」

「それは、競争では?」

 リリカは静かに返した。

「優れた商品が選ばれるのは、健全なことです」

 一瞬、場が静まり返る。

「……王女殿下らしくないご意見だ」

「そうでしょうか」

 リリカは微笑んだ。

「私は、国が豊かになる道を考えているだけです」

 その言葉に、誰も反論できなかった。

 会議が終わり、執務室を出た瞬間、リリカは小さく息を吐いた。

(やはり、目をつけられましたわね)

 想定していたとはいえ、王城の動きは早い。
 噂は、すでに“問題”として扱われ始めている。

 その日の午後。
 リリカはいつも通り、フードを被って裏通りへ向かった。

 菓子店の前には、いつもの行列。
 だが今日は、そこに見慣れない人物が混じっていた。

「……視察、ですわね」

 シオンも気づいたらしく、仕込みの手を止めずに低く呟いた。

「王城の人間か」

「ええ。間違いなく」

 扉が開き、行列が動き出す。
 やがて、問題の人物が店内に足を踏み入れた。

 質素だが上質な服装。
 商人とも貴族ともつかない、曖昧な立ち位置。

「失礼。この店の責任者は?」

「こちらです」

 リリカが一歩前に出る。

「何かご用件でしょうか」

 男は周囲を一瞥し、声を落とした。

「王城から、状況確認に来た」

 やはり、だ。

「この店の営業形態について、少々お話を伺いたい」

「営業妨害でなければ、構いませんわ」

 男は一瞬だけ眉を動かしたが、すぐに平静を装った。

「精霊が集うという噂がありますが」

「見た者が、そう言っているだけです」

 リリカは即答する。

「精霊を呼ぶ魔法など、使っておりません」

 それは事実だった。
 シオンの菓子が、結果的に引き寄せただけだ。

「……味見をさせてもらえるか」

「どうぞ」

 男は一口食べ、言葉を失った。

「……なるほど」

 それ以上、何も言わない。
 だが、その沈黙こそが答えだった。

「問題があるとすれば、需要過多ですわね」

 リリカは淡々と続ける。

「ですが、供給量は制限しています。市場を荒らすつもりはありません」

「……それを、誰が決めている?」

「私です」

 一瞬、男の目が鋭くなった。

「ただの店員には見えない」

 リリカは、ほんの少しだけ微笑んだ。

「経営に口を出すのが好きなだけの女ですわ」

 男はそれ以上踏み込まず、静かに頷いた。

「報告しておく。今のところ、問題なし、とな」

 そう言って店を出ていく。

 扉が閉まった後、シオンが低く言った。

「……危なかったな」

「ええ。でも、まだです」

 リリカは帳簿に目を落とす。

「完全に止めに来たわけではありません。様子見です」

「次は?」

「条件をつけてくるか、取り込もうとするか」

 彼女は静かに続けた。

「もしくは――力で」

 シオンの表情が、わずかに険しくなる。

「……守る」

 短い言葉だったが、強い意志が込められていた。

 リリカは顔を上げ、その横顔を見つめる。

(この人は、もう逃げない)

 それが、少し嬉しくて、少し怖かった。

 夕方。
 今日も菓子は完売し、行列は解けていく。

 だが、リリカの胸には、これまでとは違う重みがあった。

(もう、遊びでは済まされませんわね)

 王女としての立場。
 共同経営者としての責任。

 二つの顔が、少しずつ近づき始めている。

 その夜。
 王城のどこかで、別の会話が交わされていた。

「……面白い店だ」

「ええ。裏に、誰かいる」

「探れ。徹底的に」

 甘い香りの裏側で、静かに歯車が回り始めていた。

 それは、避けられない流れ。
 だがリリカは、すでに覚悟を決めていた。

 この菓子店も、この日常も――
 簡単には、手放さないと。
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