派手にしない工房は、今日もちゃんと続いている

ふわふわ

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第十一話 対決の宣言と、完璧なお嬢様

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第十一話 対決の宣言と、完璧なお嬢様

 王都の午後は、どこか落ち着かない空気を孕んでいた。

 裏通りの菓子店の前にできた行列は、もはや日常の風景になりつつある。だが、その中に混じる視線は、昨日までとは明らかに違っていた。期待だけではない。探るような、比較するような、そんな目だ。

「……今日は、嫌な予感がしますわね」

 リリカは小さく呟きながら、会計台の位置を微調整した。
 店内はすでに甘い香りで満ちているが、胸の奥にはわずかな緊張が残っている。

「ああ。俺も、そう思っていた」

 シオンは短く答え、オーブンの前から視線を外さない。
 焼き上がりを待つ菓子は完璧だ。だが、商売における“完璧”は、味だけでは成立しない。

 そのときだった。

 扉の鈴が鳴り、店内の空気が一段、張り詰める。

 入ってきたのは、若い女性だった。

 淡い色合いの上質なドレス。動くたびに、布が音もなく揺れる。髪は丁寧に結い上げられ、装飾は最小限。それでいて、圧倒的に目を引く存在感。

(……間違いありませんわ)

 リリカは一目で察した。

 この人は、ただの客ではない。

「失礼いたしますわ」

 柔らかな声音。だが、その裏に揺るぎない自信がある。

「こちらが、噂の菓子店ですのね」

「はい。本日分のみの販売となっております」

 リリカは、いつも通りに答えた。
 だが、相手の視線はすでに棚の菓子ではなく、店そのものを値踏みしている。

「私は、クラリス・ヴァレンティーヌと申します」

 その名を聞いた瞬間、周囲の客がざわめいた。

「……ヴァレンティーヌ商会?」

「王都一の、高級菓子……」

 リリカの内心で、歯車が一気に回り始める。

(来ましたわね。ついに)

 クラリスは、にこやかに微笑んだまま続けた。

「実は、私どもも菓子を扱っておりますの。王都では、それなりに知られておりますわ」

「存じております」

 リリカは即座に答えた。

「品質、格式、どれも一流ですわね」

 その言葉に、クラリスの瞳がわずかに細まる。

「ありがとうございます。ですが……」

 彼女は、店内をゆっくりと見渡した。

「最近、お客様の流れが変わりまして。理由を確かめたく、参りましたの」

 その瞬間、店内にいた客たちが息を呑んだ。

 誰もが気づいている。
 これは、ただの視察ではない。

「味見を、お願いできますかしら」

「もちろんです」

 リリカは一皿を差し出す。
 クラリスは、所作一つ乱さず、丁寧に一口食べた。

 ――沈黙。

 わずか数秒。
 だが、それは十分すぎる時間だった。

「……なるほど」

 クラリスは静かに言った。

「確かに、美味しいですわ」

 それだけ。
 褒め言葉としては、あまりにも簡潔だ。

「ですが」

 彼女は続けた。

「この味は、“奇跡”ではありません。努力と技術の積み重ねです」

 その言葉に、シオンの視線が鋭くなる。

「ですから、私から一つ、ご提案を」

 クラリスは、リリカを正面から見据えた。

「正々堂々、勝負なさいませんこと?」

 店内が、ざわりと揺れた。

「勝負、ですか」

「ええ」

 彼女は微笑む。

「どちらの菓子が、王都でより支持されるか。期間を決めて、売上と評価で比べる」

 完全な宣戦布告だった。

 リリカは、ほんの一瞬だけ考えた後、ゆっくりと口を開く。

「面白いですわね」

 シオンが、驚いたようにこちらを見る。

「リリカ――」

「大丈夫です」

 彼女は小さく首を振った。

「逃げる理由は、ありませんわ」

 クラリスの笑みが、わずかに深くなる。

「話が早くて助かります」

「条件があります」

 リリカは指を一本立てた。

「価格、立地、宣伝方法。すべて、互いに自由。妨害は禁止」

「当然ですわ」

「そして」

 彼女は続けた。

「この勝負、負けた側は――」

 一瞬、言葉を切る。

「相手を、認めること」

 店内が静まり返る。

 クラリスは、わずかに目を見開いた後、ゆっくりと頷いた。

「……いい条件ですわ」

 その返事を聞き、リリカは微笑んだ。

(この人も、本物です)

 悪意ではない。
 誇りと、自信と、譲れないものがあるだけ。

 クラリスが店を出た後、店内はしばらくざわめいていた。

「……受けてよかったのか」

 シオンが低く尋ねる。

「ええ」

 リリカは即答した。

「これは、避けられない道です。むしろ、早く来てくれて助かりました」

「負けたら……」

「負けません」

 彼女は、静かに、しかし確信を持って言った。

「あなたの菓子は、本物です」

 その言葉に、シオンは一瞬だけ言葉を失い、やがて深く息を吐いた。

「……やるしかないな」

「ええ。一緒に」

 王都一の高級菓子店と、裏通りの小さな菓子店。

 完璧なお嬢様と、無愛想な騎士。

 その対決は、やがて王都全体を巻き込むことになる。
 だが今はまだ、始まりの合図が鳴ったばかりだった。

 甘い香りの奥で、確かな火花が散っている。
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