13 / 44
第十三話 揺らぐ評判と、見えない妨害
しおりを挟む
第十三話 揺らぐ評判と、見えない妨害
勝負が始まってから、十日が過ぎていた。
裏通りの菓子店は、相変わらず行列が途切れない。
だが、その列に混じる表情には、わずかな違和感があった。
「……最近、妙な視線が増えましたわね」
会計を終えたリリカは、次の客を迎えながら小さく呟いた。
期待や楽しみだけではない。探るような、疑うような目。
「ああ」
シオンも感じていた。
仕込みの量、焼き上がりの時間、売れ行き――すべて順調なはずなのに、空気だけが重い。
「噂、ですかしら」
「悪い種類のな」
その予感は、すぐに形を取って現れた。
昼過ぎ。
常連の年配の男性が、菓子を手にしながら、少し言いづらそうに口を開いた。
「……最近、こんな話を聞いてな」
「どのような?」
「この店、精霊を“使ってる”って」
リリカの手が、一瞬だけ止まった。
「……精霊を?」
「ああ。だから味が安定してるとか、運がいいとか……」
男性は困ったように笑った。
「俺は信じちゃいないが、若い連中の中には気にする奴もいる」
客が去った後、店内に静かな緊張が落ちた。
「……来ましたわね」
「露骨だな」
精霊が集う、という噂。
それが今度は、“意図的に利用している”という形に歪められている。
「魔法的な不正を疑わせるつもりか」
「ええ。勝負に負けそうになった側が、よく使う手です」
リリカは冷静に言った。
「正面から勝てないと分かれば、評判を揺らす」
その日の夕方。
ついに、直接的な形で“妨害”が現れた。
「失礼する」
扉を開けて入ってきたのは、役所の人間だった。
簡素な制服、書類の束。周囲の客が一斉に視線を向ける。
「営業形態について、確認が必要だ」
空気が張り詰める。
「どのような確認でしょうか」
リリカは一歩前に出て、静かに応じた。
「精霊契約、魔力使用の有無、魔道具の設置状況」
シオンの表情が、わずかに険しくなる。
「……使っていない」
「それを、こちらで確認する」
役人は淡々としているが、その背後にある意図は明らかだった。
(ヴァレンティーヌ商会……いえ、王城ですわね)
リリカは内心で歯車を回す。
「確認は、構いませんわ」
あっさりとした返答に、役人が一瞬だけ目を瞬かせた。
「ただし」
リリカは続ける。
「この場での調査は、営業妨害になります。閉店後にお願いします」
「……要求が多いな」
「正当な権利ですわ」
彼女は微笑んだ。
「疑われている側だからこそ、堂々といたいのです」
その態度に、役人は一瞬、言葉に詰まり、やがて頷いた。
「……分かった。閉店後に来る」
役人が去った後、店内にはざわめきが残った。
「大丈夫なの?」
「本当に、魔法じゃないんだよね?」
不安そうな声が、あちこちから上がる。
リリカは、あえて大きめの声で言った。
「ご心配なく」
客たちが、彼女を見る。
「このお店は、技術と努力だけで成り立っています。疑いが晴れれば、必ず分かっていただけますわ」
その言葉に、何人かが安堵したように頷いた。
閉店後。
役人による調査は、徹底的だった。
棚、調理場、倉庫。
魔道具反応、魔力痕跡、契約の痕。
「……問題なし」
最後にそう告げられた瞬間、張り詰めていた空気が、ようやく緩む。
「ご協力、感謝する」
役人はそう言い残し、店を去っていった。
扉が閉まった後、シオンが低く言った。
「……腹が立つ」
「ええ」
リリカも、珍しく即答した。
「ですが、これは想定内です」
彼女は帳簿を開き、今日の数字を確認する。
「今日の売上、少し落ちています」
「やっぱり、噂のせいか」
「ええ」
だが、リリカはすぐに顔を上げた。
「一時的です。むしろ、ここが踏ん張りどころ」
「……何か、打つ手は?」
「ありますわ」
彼女は静かに言った。
「こちらから、“正しさ”を見せる」
「正しさ?」
「ええ。隠さず、誤魔化さず、逃げない」
リリカは、真っ直ぐにシオンを見る。
「信頼は、時間はかかりますが、裏切りません」
シオンは、その瞳を見つめ返し、深く息を吐いた。
「……任せる」
「ありがとうございます」
その夜、王都では二つの噂が同時に流れていた。
――裏通りの菓子店は怪しい。
――だが、調査しても何も出なかった。
疑いと安心。
揺れる評判。
勝負は、味だけの段階を越えていた。
だが、リリカは知っている。
こうした揺らぎを乗り越えた先にこそ、本当の“強さ”があるということを。
勝負が始まってから、十日が過ぎていた。
裏通りの菓子店は、相変わらず行列が途切れない。
だが、その列に混じる表情には、わずかな違和感があった。
「……最近、妙な視線が増えましたわね」
会計を終えたリリカは、次の客を迎えながら小さく呟いた。
期待や楽しみだけではない。探るような、疑うような目。
「ああ」
シオンも感じていた。
仕込みの量、焼き上がりの時間、売れ行き――すべて順調なはずなのに、空気だけが重い。
「噂、ですかしら」
「悪い種類のな」
その予感は、すぐに形を取って現れた。
昼過ぎ。
常連の年配の男性が、菓子を手にしながら、少し言いづらそうに口を開いた。
「……最近、こんな話を聞いてな」
「どのような?」
「この店、精霊を“使ってる”って」
リリカの手が、一瞬だけ止まった。
「……精霊を?」
「ああ。だから味が安定してるとか、運がいいとか……」
男性は困ったように笑った。
「俺は信じちゃいないが、若い連中の中には気にする奴もいる」
客が去った後、店内に静かな緊張が落ちた。
「……来ましたわね」
「露骨だな」
精霊が集う、という噂。
それが今度は、“意図的に利用している”という形に歪められている。
「魔法的な不正を疑わせるつもりか」
「ええ。勝負に負けそうになった側が、よく使う手です」
リリカは冷静に言った。
「正面から勝てないと分かれば、評判を揺らす」
その日の夕方。
ついに、直接的な形で“妨害”が現れた。
「失礼する」
扉を開けて入ってきたのは、役所の人間だった。
簡素な制服、書類の束。周囲の客が一斉に視線を向ける。
「営業形態について、確認が必要だ」
空気が張り詰める。
「どのような確認でしょうか」
リリカは一歩前に出て、静かに応じた。
「精霊契約、魔力使用の有無、魔道具の設置状況」
シオンの表情が、わずかに険しくなる。
「……使っていない」
「それを、こちらで確認する」
役人は淡々としているが、その背後にある意図は明らかだった。
(ヴァレンティーヌ商会……いえ、王城ですわね)
リリカは内心で歯車を回す。
「確認は、構いませんわ」
あっさりとした返答に、役人が一瞬だけ目を瞬かせた。
「ただし」
リリカは続ける。
「この場での調査は、営業妨害になります。閉店後にお願いします」
「……要求が多いな」
「正当な権利ですわ」
彼女は微笑んだ。
「疑われている側だからこそ、堂々といたいのです」
その態度に、役人は一瞬、言葉に詰まり、やがて頷いた。
「……分かった。閉店後に来る」
役人が去った後、店内にはざわめきが残った。
「大丈夫なの?」
「本当に、魔法じゃないんだよね?」
不安そうな声が、あちこちから上がる。
リリカは、あえて大きめの声で言った。
「ご心配なく」
客たちが、彼女を見る。
「このお店は、技術と努力だけで成り立っています。疑いが晴れれば、必ず分かっていただけますわ」
その言葉に、何人かが安堵したように頷いた。
閉店後。
役人による調査は、徹底的だった。
棚、調理場、倉庫。
魔道具反応、魔力痕跡、契約の痕。
「……問題なし」
最後にそう告げられた瞬間、張り詰めていた空気が、ようやく緩む。
「ご協力、感謝する」
役人はそう言い残し、店を去っていった。
扉が閉まった後、シオンが低く言った。
「……腹が立つ」
「ええ」
リリカも、珍しく即答した。
「ですが、これは想定内です」
彼女は帳簿を開き、今日の数字を確認する。
「今日の売上、少し落ちています」
「やっぱり、噂のせいか」
「ええ」
だが、リリカはすぐに顔を上げた。
「一時的です。むしろ、ここが踏ん張りどころ」
「……何か、打つ手は?」
「ありますわ」
彼女は静かに言った。
「こちらから、“正しさ”を見せる」
「正しさ?」
「ええ。隠さず、誤魔化さず、逃げない」
リリカは、真っ直ぐにシオンを見る。
「信頼は、時間はかかりますが、裏切りません」
シオンは、その瞳を見つめ返し、深く息を吐いた。
「……任せる」
「ありがとうございます」
その夜、王都では二つの噂が同時に流れていた。
――裏通りの菓子店は怪しい。
――だが、調査しても何も出なかった。
疑いと安心。
揺れる評判。
勝負は、味だけの段階を越えていた。
だが、リリカは知っている。
こうした揺らぎを乗り越えた先にこそ、本当の“強さ”があるということを。
0
あなたにおすすめの小説
あなたへの恋心を消し去りました
鍋
恋愛
私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。
【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる