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第十四話 信頼を売る日と、試される覚悟
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第十四話 信頼を売る日と、試される覚悟
噂は、消えるときよりも、残るときのほうが厄介だ。
精霊を使っているだの、不正な魔道具があるだの――役所の調査で否定されたはずの話は、形を変えて王都に漂い続けていた。露骨な非難は減ったが、代わりに「様子見」という沈黙が増えている。
「……今日は、列が短いですわね」
開店前、リリカは通りを見渡しながら静かに言った。
「半分くらい、か」
シオンは淡々と答えつつ、仕込みの手を止めない。
売上は落ちている。致命的ではないが、勝負の最中にしては無視できない数字だ。
「噂を信じた人が離れ、信じきれない人が迷っている段階です」
リリカは帳簿を閉じた。
「ですが、ここからですわ」
「……何をする」
シオンが振り返る。
彼の表情には、不安よりも覚悟が見えた。
「“信頼”を、商品として前に出します」
「信頼を……売る?」
「ええ」
リリカは頷いた。
「味や価格ではなく、この店の姿勢を」
開店と同時に、いつもよりゆっくりと客が入ってくる。
足を踏み入れた人々の視線は、菓子よりも店内の様子を観察していた。
「今日は、少しだけ変えます」
リリカは、最初の客にそう告げた。
「よろしければ、製造の様子をご覧になりますか?」
客が目を丸くする。
「……見てもいいの?」
「ええ。危険のない範囲で」
それは、これまで避けてきた選択だった。
仕込みは見せない。技術は秘匿する。そうして価値を守ってきた。
だが、今は違う。
厨房の一角を区切り、焼成の一部工程を公開する。
魔法は使っていない。道具も、特別なものではない。
あるのは、計算された配合と、シオンの手技だけ。
「……本当に、手でやってるんだな」
「当たり前です」
シオンは短く答え、余計な説明はしない。
無言で、丁寧に。
その姿勢が、何よりの説明だった。
客たちは静かに見守り、やがて小さく頷く。
「疑って悪かった」
「噂って、怖いね」
その声を、リリカは聞き逃さない。
昼過ぎ。
店の前に、見慣れない人物が立っていた。
「……あの人」
マリアが小声で言う。
「ヴァレンティーヌ商会の関係者ですわね」
クラリス本人ではない。
だが、確実に“向こう側”の人間だ。
男は店内を一瞥し、公開された工程に目を留めた。
「……ずいぶん、開けっ広げだな」
「隠すものがありませんので」
リリカは穏やかに答える。
「勝負の最中に、ずいぶん余裕だ」
「いいえ」
彼女は微笑んだ。
「必死ですわ」
男は一瞬、言葉に詰まり、やがて何も買わずに去っていった。
その背中を見送りながら、シオンが低く言う。
「……向こうに、どう映る」
「焦りに見えるか、覚悟に見えるか」
リリカは即答した。
「どちらにせよ、噂よりは、ずっとましです」
夕方。
売上は、予想よりも伸びていた。
「……戻ってきているな」
「ええ。少しずつですが」
帳簿の数字は、正直だ。
閉店後、二人は店内で向かい合った。
「今日は、怖くなかったか」
シオンが、珍しくそんなことを聞く。
「怖かったですわ」
リリカは正直に答えた。
「真似されるかもしれない。技術を盗まれるかもしれない」
「それでも、やった」
「はい」
彼女は、ゆっくりと息を吸う。
「信頼を失えば、すべて終わります。なら、守るしかありません」
シオンは黙って聞いていたが、やがて低く言った。
「……俺は、あんたの判断を信じる」
リリカは、少しだけ目を見開き、微笑む。
「ありがとうございます」
その言葉に、特別な意味はない。
だが、今の二人には、それで十分だった。
その夜。
王都の噂は、少しだけ変わった。
――裏通りの菓子店は、怪しくない。
――むしろ、正直すぎる。
派手さはない。
だが、揺らがない芯がある。
勝負は、まだ続く。
だがこの日、リリカは確信していた。
信頼は、売り逃げできない。
だからこそ、最後に残るのだと。
噂は、消えるときよりも、残るときのほうが厄介だ。
精霊を使っているだの、不正な魔道具があるだの――役所の調査で否定されたはずの話は、形を変えて王都に漂い続けていた。露骨な非難は減ったが、代わりに「様子見」という沈黙が増えている。
「……今日は、列が短いですわね」
開店前、リリカは通りを見渡しながら静かに言った。
「半分くらい、か」
シオンは淡々と答えつつ、仕込みの手を止めない。
売上は落ちている。致命的ではないが、勝負の最中にしては無視できない数字だ。
「噂を信じた人が離れ、信じきれない人が迷っている段階です」
リリカは帳簿を閉じた。
「ですが、ここからですわ」
「……何をする」
シオンが振り返る。
彼の表情には、不安よりも覚悟が見えた。
「“信頼”を、商品として前に出します」
「信頼を……売る?」
「ええ」
リリカは頷いた。
「味や価格ではなく、この店の姿勢を」
開店と同時に、いつもよりゆっくりと客が入ってくる。
足を踏み入れた人々の視線は、菓子よりも店内の様子を観察していた。
「今日は、少しだけ変えます」
リリカは、最初の客にそう告げた。
「よろしければ、製造の様子をご覧になりますか?」
客が目を丸くする。
「……見てもいいの?」
「ええ。危険のない範囲で」
それは、これまで避けてきた選択だった。
仕込みは見せない。技術は秘匿する。そうして価値を守ってきた。
だが、今は違う。
厨房の一角を区切り、焼成の一部工程を公開する。
魔法は使っていない。道具も、特別なものではない。
あるのは、計算された配合と、シオンの手技だけ。
「……本当に、手でやってるんだな」
「当たり前です」
シオンは短く答え、余計な説明はしない。
無言で、丁寧に。
その姿勢が、何よりの説明だった。
客たちは静かに見守り、やがて小さく頷く。
「疑って悪かった」
「噂って、怖いね」
その声を、リリカは聞き逃さない。
昼過ぎ。
店の前に、見慣れない人物が立っていた。
「……あの人」
マリアが小声で言う。
「ヴァレンティーヌ商会の関係者ですわね」
クラリス本人ではない。
だが、確実に“向こう側”の人間だ。
男は店内を一瞥し、公開された工程に目を留めた。
「……ずいぶん、開けっ広げだな」
「隠すものがありませんので」
リリカは穏やかに答える。
「勝負の最中に、ずいぶん余裕だ」
「いいえ」
彼女は微笑んだ。
「必死ですわ」
男は一瞬、言葉に詰まり、やがて何も買わずに去っていった。
その背中を見送りながら、シオンが低く言う。
「……向こうに、どう映る」
「焦りに見えるか、覚悟に見えるか」
リリカは即答した。
「どちらにせよ、噂よりは、ずっとましです」
夕方。
売上は、予想よりも伸びていた。
「……戻ってきているな」
「ええ。少しずつですが」
帳簿の数字は、正直だ。
閉店後、二人は店内で向かい合った。
「今日は、怖くなかったか」
シオンが、珍しくそんなことを聞く。
「怖かったですわ」
リリカは正直に答えた。
「真似されるかもしれない。技術を盗まれるかもしれない」
「それでも、やった」
「はい」
彼女は、ゆっくりと息を吸う。
「信頼を失えば、すべて終わります。なら、守るしかありません」
シオンは黙って聞いていたが、やがて低く言った。
「……俺は、あんたの判断を信じる」
リリカは、少しだけ目を見開き、微笑む。
「ありがとうございます」
その言葉に、特別な意味はない。
だが、今の二人には、それで十分だった。
その夜。
王都の噂は、少しだけ変わった。
――裏通りの菓子店は、怪しくない。
――むしろ、正直すぎる。
派手さはない。
だが、揺らがない芯がある。
勝負は、まだ続く。
だがこの日、リリカは確信していた。
信頼は、売り逃げできない。
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