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第十六話 暴かれる正体と、崩れない盤面
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第十六話 暴かれる正体と、崩れない盤面
中央広場での最終発表まで、残り九日。
王都は、静かな熱に包まれていた。
勝負の噂は、もはや菓子好きの間だけの話ではない。商人、貴族、役人――誰もが結果を待っている。
「……今日は、朝から人が多いですわね」
開店前、リリカは通りを見渡しながら言った。
「見物だな」
シオンは短く答える。
「買う気より、様子見の連中が増えてる」
「ええ。それでいいのです」
リリカは落ち着いた声で続けた。
「勝負の終盤。人は“安全な側”に立ちたがる。今は、どちらが勝つかを見極めているだけですわ」
扉を開けると、行列はいつもより長かった。
だが、視線の向きが違う。菓子ではなく、店の奥――リリカ自身を見ている者がいる。
(……来ますわね)
その予感は、昼前に現実になった。
店の前に、見覚えのある紋章付きの馬車が止まる。
周囲がざわめき、自然と道が空いた。
「……王城の馬車だ」
誰かが、そう囁く。
扉が開き、数名の護衛とともに、一人の男が姿を現した。
第二王子アルベルト。
その瞬間、空気が凍りついた。
「……殿下が、裏通りに?」
「どういうことだ……?」
アルベルトは周囲を一瞥し、店内に入ってくる。
視線は、一直線にリリカへ向けられていた。
「久しいな、リリカ」
あまりに自然な呼び方に、店内がざわりと揺れる。
リリカは一瞬も慌てず、深く一礼した。
「ご機嫌麗しゅうございます、アルベルト殿下」
その瞬間、客たちの顔色が一斉に変わった。
「……殿下?」
「今、王女って……」
隠しきれない動揺が、店内を駆け抜ける。
アルベルトは、満足そうに微笑んだ。
「驚いたか?」
彼は周囲に聞こえる声で言った。
「この店の経営に関わっているのは、我が妹――王女リリカだ」
沈黙。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
リリカは、静かに顔を上げる。
「訂正いたしますわ」
その声音は、よく通った。
「“関わっている”のではありません。責任を持って、運営しています」
アルベルトの眉が、わずかに動く。
「……ほう」
「この店は、私の私情ではなく、私の意思で成り立っています」
ざわめきが、大きくなる。
「王女が……?」
「じゃあ、噂は本当だったのか?」
「いいえ」
リリカは、はっきりと言った。
「不正も、魔法も、特別扱いもありません」
彼女は、店内の一人一人を見渡す。
「ここにあるのは、技術と努力、そして信頼だけです」
アルベルトは、静かに拍手した。
「見事だ。だが――」
彼は一歩、前に出る。
「王女が商売に直接関わる。それが、国にとって正しいかどうかは、別の話だ」
「そうでしょうか」
リリカは、少しも怯まず返す。
「王女が、民の営みを知ることは、罪ですか?」
「……理屈は立派だ」
アルベルトは微笑んだまま、声を落とす。
「だが、立場というものがある」
「だからこそ、です」
リリカの声が、少し強くなる。
「私は、数字で示してきました。この店が、王都全体の消費を押し上げていることを」
彼女は、用意していた帳簿の写しを取り出す。
「すでに、商業評議会には提出済みです」
アルベルトの目が、ほんのわずかに細くなった。
「……先手を打ったか」
「ええ」
リリカは頷く。
「王女として、ではなく。経営者として」
沈黙の中で、シオンが一歩前に出た。
「……殿下」
アルベルトは、初めて彼に視線を向ける。
「この店は、俺の仕事場だ」
短く、だがはっきりとした声。
「誰の立場がどうであれ、菓子は、俺が作っている」
客たちの中から、ぽつりと声が上がる。
「……そうだよな」
「味が変わらないなら、誰が経営してようが関係ない」
「ここが好きだから、来てるんだ」
その声が、連なっていく。
アルベルトは、一瞬だけ言葉を失った。
(……これは)
彼が想定していた“動揺”とは、違う。
混乱はある。
だが、拒絶ではない。
「今日は、ここまでだ」
アルベルトは、そう言って踵を返した。
「勝負の場で、すべて明らかにしよう」
去り際、彼は小さく付け加える。
「……覚悟は、できているようだな」
馬車が去った後、店内はしばらく騒然としていた。
「王女様だったなんて……」
「でも、今さら味が変わるわけじゃないし」
「むしろ、ちゃんとしてる人だと思った」
閉店後。
二人は、静かな店内で向かい合っていた。
「……ばれましたわね」
リリカは、疲れたように微笑む。
「ああ」
シオンは短く答えた後、少し間を置いた。
「……後悔してるか」
「いいえ」
即答だった。
「むしろ、楽になりました」
肩書きを隠す必要は、もうない。
「……俺は」
シオンは、拳を握りしめる。
「それでも、ここに立つ」
リリカは、その言葉に、静かに頷いた。
「ありがとうございます」
正体は暴かれた。
だが、盤面は崩れていない。
むしろ――
駒は、すべて表に出揃った。
勝負は、最終局面へと進んでいく。
中央広場での最終発表まで、残り九日。
王都は、静かな熱に包まれていた。
勝負の噂は、もはや菓子好きの間だけの話ではない。商人、貴族、役人――誰もが結果を待っている。
「……今日は、朝から人が多いですわね」
開店前、リリカは通りを見渡しながら言った。
「見物だな」
シオンは短く答える。
「買う気より、様子見の連中が増えてる」
「ええ。それでいいのです」
リリカは落ち着いた声で続けた。
「勝負の終盤。人は“安全な側”に立ちたがる。今は、どちらが勝つかを見極めているだけですわ」
扉を開けると、行列はいつもより長かった。
だが、視線の向きが違う。菓子ではなく、店の奥――リリカ自身を見ている者がいる。
(……来ますわね)
その予感は、昼前に現実になった。
店の前に、見覚えのある紋章付きの馬車が止まる。
周囲がざわめき、自然と道が空いた。
「……王城の馬車だ」
誰かが、そう囁く。
扉が開き、数名の護衛とともに、一人の男が姿を現した。
第二王子アルベルト。
その瞬間、空気が凍りついた。
「……殿下が、裏通りに?」
「どういうことだ……?」
アルベルトは周囲を一瞥し、店内に入ってくる。
視線は、一直線にリリカへ向けられていた。
「久しいな、リリカ」
あまりに自然な呼び方に、店内がざわりと揺れる。
リリカは一瞬も慌てず、深く一礼した。
「ご機嫌麗しゅうございます、アルベルト殿下」
その瞬間、客たちの顔色が一斉に変わった。
「……殿下?」
「今、王女って……」
隠しきれない動揺が、店内を駆け抜ける。
アルベルトは、満足そうに微笑んだ。
「驚いたか?」
彼は周囲に聞こえる声で言った。
「この店の経営に関わっているのは、我が妹――王女リリカだ」
沈黙。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
リリカは、静かに顔を上げる。
「訂正いたしますわ」
その声音は、よく通った。
「“関わっている”のではありません。責任を持って、運営しています」
アルベルトの眉が、わずかに動く。
「……ほう」
「この店は、私の私情ではなく、私の意思で成り立っています」
ざわめきが、大きくなる。
「王女が……?」
「じゃあ、噂は本当だったのか?」
「いいえ」
リリカは、はっきりと言った。
「不正も、魔法も、特別扱いもありません」
彼女は、店内の一人一人を見渡す。
「ここにあるのは、技術と努力、そして信頼だけです」
アルベルトは、静かに拍手した。
「見事だ。だが――」
彼は一歩、前に出る。
「王女が商売に直接関わる。それが、国にとって正しいかどうかは、別の話だ」
「そうでしょうか」
リリカは、少しも怯まず返す。
「王女が、民の営みを知ることは、罪ですか?」
「……理屈は立派だ」
アルベルトは微笑んだまま、声を落とす。
「だが、立場というものがある」
「だからこそ、です」
リリカの声が、少し強くなる。
「私は、数字で示してきました。この店が、王都全体の消費を押し上げていることを」
彼女は、用意していた帳簿の写しを取り出す。
「すでに、商業評議会には提出済みです」
アルベルトの目が、ほんのわずかに細くなった。
「……先手を打ったか」
「ええ」
リリカは頷く。
「王女として、ではなく。経営者として」
沈黙の中で、シオンが一歩前に出た。
「……殿下」
アルベルトは、初めて彼に視線を向ける。
「この店は、俺の仕事場だ」
短く、だがはっきりとした声。
「誰の立場がどうであれ、菓子は、俺が作っている」
客たちの中から、ぽつりと声が上がる。
「……そうだよな」
「味が変わらないなら、誰が経営してようが関係ない」
「ここが好きだから、来てるんだ」
その声が、連なっていく。
アルベルトは、一瞬だけ言葉を失った。
(……これは)
彼が想定していた“動揺”とは、違う。
混乱はある。
だが、拒絶ではない。
「今日は、ここまでだ」
アルベルトは、そう言って踵を返した。
「勝負の場で、すべて明らかにしよう」
去り際、彼は小さく付け加える。
「……覚悟は、できているようだな」
馬車が去った後、店内はしばらく騒然としていた。
「王女様だったなんて……」
「でも、今さら味が変わるわけじゃないし」
「むしろ、ちゃんとしてる人だと思った」
閉店後。
二人は、静かな店内で向かい合っていた。
「……ばれましたわね」
リリカは、疲れたように微笑む。
「ああ」
シオンは短く答えた後、少し間を置いた。
「……後悔してるか」
「いいえ」
即答だった。
「むしろ、楽になりました」
肩書きを隠す必要は、もうない。
「……俺は」
シオンは、拳を握りしめる。
「それでも、ここに立つ」
リリカは、その言葉に、静かに頷いた。
「ありがとうございます」
正体は暴かれた。
だが、盤面は崩れていない。
むしろ――
駒は、すべて表に出揃った。
勝負は、最終局面へと進んでいく。
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