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第十九話 閉じる店、開く道
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第十九話 閉じる店、開く道
裏通りの菓子店は、その日も静かに扉を開けていた。
中央広場での決着から三日。
王都の話題はすでに次へ移りつつあるが、この店だけは、いつもより多くの人が訪れていた。
「……今日で、最後なんですね」
常連の若い母親が、名残惜しそうに言った。
「ええ」
リリカは穏やかに微笑む。
「この場所での営業は、本日までです」
「やっぱり、王女様だから……?」
「それも理由の一つですが」
リリカは、はっきりと言った。
「それ以上に、ここでやるべきことは、やり切りました」
店内には、普段よりも長い列ができている。
だが、不思議と騒がしさはない。人々は静かに順番を待ち、菓子を受け取り、短く礼を言って去っていく。
「……この味、忘れません」
「また、どこかで食べられるんですよね?」
「ええ」
リリカは、その一つ一つに丁寧に答えた。
「必ず」
カウンターの奥で、シオンは黙々と菓子を焼いている。
無駄のない動き。
だが、その背中には、わずかな寂しさが滲んでいた。
昼過ぎ。
最後の一つが、売れた。
「……完売、ですわね」
「ああ」
シオンは、オーブンの火を落とす。
その音が、この店の時間の終わりを告げているようだった。
扉を閉め、看板を下ろす。
裏通りに、静けさが戻る。
「……本当に、終わったな」
シオンが、ぽつりと呟いた。
「ええ」
リリカは、店内を見渡す。
小さな空間。
簡素な棚。
ここで過ごした日々は、決して長くはない。だが、確かな重みがある。
「後悔は?」
シオンの問いに、リリカは首を振った。
「一つもありません」
それは、即答だった。
「ここで学んだことは、王城では決して得られませんでした」
「……俺は」
シオンは、少しだけ言葉に詰まる。
「この店が、居場所だった」
「ええ」
リリカは、静かに頷く。
「だからこそ、終わらせます」
シオンが顔を上げる。
「……どういう意味だ」
「居場所は、守るものです」
リリカは、はっきりと言った。
「壊れる前に、形を変える。それが、続けるということです」
夕方。
王城の馬車が、裏通りに入ってきた。
「……迎えか」
「ええ」
リリカは、外套を羽織る。
「これからは、公の場に戻ります」
シオンは、無言で頷いた。
「……また、会えるのか」
その問いは、これまでで一番、不安を含んでいた。
リリカは、立ち止まり、振り返る。
「ええ。必ず」
彼女は、真っ直ぐに彼を見る。
「新しい店の話、もう進めています」
「……新しい、店?」
「ええ」
リリカは、微笑んだ。
「王都の中に、“日常の味”を広げるための工房を作ります」
「工房……」
「表に立つのは、私ではありません」
その言葉に、シオンの目が見開かれる。
「……俺、か」
「ええ」
リリカは、きっぱりと言った。
「あなたの名前で、あなたの菓子を」
しばらく、沈黙。
やがて、シオンは深く息を吐いた。
「……逃げ場はないな」
「ええ」
リリカは、楽しそうに笑った。
「でも、選択肢はあります」
「……どんな」
「一緒に、やるか」
短い問い。
だが、その重さは十分だった。
シオンは、しばらく考え、やがて頷いた。
「ああ」
それは、迷いのない返事だった。
馬車に乗り込む直前、リリカはもう一度、店を振り返った。
(ありがとう)
声には出さない。
だが、その想いは確かだった。
裏通りの菓子店は、静かに幕を下ろす。
だが、終わりではない。
この日を境に、王都のあちこちで、少しずつ変化が始まる。
“日常の味”を、もっと近くへ。
それが、次の物語の始まりだった。
裏通りの菓子店は、その日も静かに扉を開けていた。
中央広場での決着から三日。
王都の話題はすでに次へ移りつつあるが、この店だけは、いつもより多くの人が訪れていた。
「……今日で、最後なんですね」
常連の若い母親が、名残惜しそうに言った。
「ええ」
リリカは穏やかに微笑む。
「この場所での営業は、本日までです」
「やっぱり、王女様だから……?」
「それも理由の一つですが」
リリカは、はっきりと言った。
「それ以上に、ここでやるべきことは、やり切りました」
店内には、普段よりも長い列ができている。
だが、不思議と騒がしさはない。人々は静かに順番を待ち、菓子を受け取り、短く礼を言って去っていく。
「……この味、忘れません」
「また、どこかで食べられるんですよね?」
「ええ」
リリカは、その一つ一つに丁寧に答えた。
「必ず」
カウンターの奥で、シオンは黙々と菓子を焼いている。
無駄のない動き。
だが、その背中には、わずかな寂しさが滲んでいた。
昼過ぎ。
最後の一つが、売れた。
「……完売、ですわね」
「ああ」
シオンは、オーブンの火を落とす。
その音が、この店の時間の終わりを告げているようだった。
扉を閉め、看板を下ろす。
裏通りに、静けさが戻る。
「……本当に、終わったな」
シオンが、ぽつりと呟いた。
「ええ」
リリカは、店内を見渡す。
小さな空間。
簡素な棚。
ここで過ごした日々は、決して長くはない。だが、確かな重みがある。
「後悔は?」
シオンの問いに、リリカは首を振った。
「一つもありません」
それは、即答だった。
「ここで学んだことは、王城では決して得られませんでした」
「……俺は」
シオンは、少しだけ言葉に詰まる。
「この店が、居場所だった」
「ええ」
リリカは、静かに頷く。
「だからこそ、終わらせます」
シオンが顔を上げる。
「……どういう意味だ」
「居場所は、守るものです」
リリカは、はっきりと言った。
「壊れる前に、形を変える。それが、続けるということです」
夕方。
王城の馬車が、裏通りに入ってきた。
「……迎えか」
「ええ」
リリカは、外套を羽織る。
「これからは、公の場に戻ります」
シオンは、無言で頷いた。
「……また、会えるのか」
その問いは、これまでで一番、不安を含んでいた。
リリカは、立ち止まり、振り返る。
「ええ。必ず」
彼女は、真っ直ぐに彼を見る。
「新しい店の話、もう進めています」
「……新しい、店?」
「ええ」
リリカは、微笑んだ。
「王都の中に、“日常の味”を広げるための工房を作ります」
「工房……」
「表に立つのは、私ではありません」
その言葉に、シオンの目が見開かれる。
「……俺、か」
「ええ」
リリカは、きっぱりと言った。
「あなたの名前で、あなたの菓子を」
しばらく、沈黙。
やがて、シオンは深く息を吐いた。
「……逃げ場はないな」
「ええ」
リリカは、楽しそうに笑った。
「でも、選択肢はあります」
「……どんな」
「一緒に、やるか」
短い問い。
だが、その重さは十分だった。
シオンは、しばらく考え、やがて頷いた。
「ああ」
それは、迷いのない返事だった。
馬車に乗り込む直前、リリカはもう一度、店を振り返った。
(ありがとう)
声には出さない。
だが、その想いは確かだった。
裏通りの菓子店は、静かに幕を下ろす。
だが、終わりではない。
この日を境に、王都のあちこちで、少しずつ変化が始まる。
“日常の味”を、もっと近くへ。
それが、次の物語の始まりだった。
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