派手にしない工房は、今日もちゃんと続いている

ふわふわ

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第三十一話 残った人と、試される信頼

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第三十一話 残った人と、試される信頼

 工房の朝は、少しだけ静かになった。

 出入りする人の数が減ったからではない。
 むしろ、動きは以前より整っている。

「……人数、少ないな」

 シオンが、作業台を拭きながら言った。

「ええ」

 リリカは、帳簿を閉じる。

「ですが、迷いは減りました」

 取引先は減った。
 材料の仕入れ先も、一部は変わった。
 見習いも、全員が残ったわけではない。

 数日前。

「……すみません」

 一人の見習いが、頭を下げた。

「ここ、思っていたより……重いです」

「そうだな」

 シオンは、否定しなかった。

「楽な場所じゃない」

「……続ける自信が、ありません」

「分かった」

 引き留める言葉は、なかった。

 去る背中を、誰も責めない。
 だが、その結果――

「……残ったのは、三人か」

「ええ」

 リリカは、静かに頷いた。

「自分で考え、続けると決めた人たちです」

 午前中。
 地方の店から、一本の連絡が入る。

「……売り切れが、早すぎる」

「増やせますか、とは書いてませんね」

「ええ」

 リリカは、読み上げる。

「“待つから、変えないでほしい”と」

 シオンは、一瞬、手を止めた。

「……珍しいな」

「ええ」

 リリカは、少しだけ口角を上げる。

「“足りない”ことを、受け入れてくれています」

 それは、信頼の形だった。

 昼過ぎ。
 工房に、一人の男が訪れた。

「……話、いいか」

 見覚えのある顔。
 以前、王都中心部の取引を仲介しようとした商人だ。

「要件は?」

 リリカは、端的に聞く。

「……正直に言う」

 男は、ため息をついた。

「今なら、条件を呑める」

「どの条件ですか」

「数量は抑える。価格も、口出ししない」

 シオンは、視線を向ける。

「……それで?」

「専属は、求めない」

 沈黙。

「……前と、違いますね」

 リリカが言う。

「ええ」

 男は、頷いた。

「様子を見ていた。……分かったんだ」

「何が」

「ここは、折れない」

 その言葉は、素直だった。

「……返事は、今でなくていい」

「今、出します」

 リリカは、即答した。

「お断りします」

 男は、目を見開く。

「……なぜだ」

「条件は、悪くありません」

 彼女は、淡々と続ける。

「ですが、“今”来たということが、理由です」

「……どういう意味だ」

「本当に信じる人は、離れません」

 男は、何も言えず、やがて黙って頭を下げた。

 その背中を見送り、シオンが低く言う。

「……冷たいな」

「ええ」

 リリカは、否定しない。

「ですが、境界線は曖昧にできません」

 夕方。

 工房では、三人の見習いが黙々と作業をしている。

「……集中、上がってます」

 その一人が、ぽつりと言う。

「人が減った分、見えるものが増えました」

「そうだ」

 シオンは、頷いた。

「人数は、力じゃない」

 彼は、生地を見つめる。

「判断が、力だ」

 夜。

 二人は、片付けを終え、並んで座った。

「……今日、断りすぎじゃないか」

 シオンが、冗談めかして言う。

「ええ」

 リリカは、小さく笑う。

「ですが、信頼は減っていません」

「……むしろ、濃くなってるな」

「そう感じます」

 彼女は、少し真剣な表情になる。

「残った人たちは、“試されている”のを理解しています」

「……怖くないのか」

「怖いです」

 即答だった。

「ですが、それ以上に――」

 彼女は、静かに言う。

「裏切らないと決めた相手を、裏切る方が怖い」

 シオンは、深く息を吐いた。

「……重いな」

「はい」

 リリカは、微笑む。

「ですが、それが信頼です」

 翌朝。

 工房の前には、少数だが、迷いのない足取りがある。

「……今日は、これだけか」

「ええ」

 リリカは、頷いた。

「ですが、十分です」

 数は、減った。
 選択肢も、減った。

 だが、残ったものは、確かだ。

 誰のために作るのか。
 何を守るのか。
 どこまで譲らないのか。

 その答えが、少しずつ揃ってきている。

 シオンは、火を入れながら呟いた。

「……ここまで来たら、もう途中じゃないな」

「ええ」

 リリカは、静かに答える。

「もう、“選ばれる途中”ではありません」

 信頼は、与えられるものではない。
 試され、残り、積み重なるものだ。

 工房の香りは、今日も変わらない。
 だが、その重みは、確実に増していた。
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