派手にしない工房は、今日もちゃんと続いている

ふわふわ

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第四十三話 選ばれなかった場所の声

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第四十三話 選ばれなかった場所の声

 工房の朝は、少しだけ遅れて始まった。

 誰かが寝坊したわけではない。
 ただ、全員が“考え事をしたまま”起きてきただけだ。

「……今日は、少なめだな」

 シオンが、注文票を確認する。

「ええ」

 リリカは、静かに頷いた。

「定期が一件、個人が二件。以上です」

「……減ったな」

「はい」

 否定しない。

 だが、不安は前ほど強くなかった。

 作業は、静かに進む。
 誰も急がない。
 誰も、焦らない。

 午前中。

 最初の客は、学校関係者だった。

「……少し、話してもいいですか」

「はい」

 リリカが、作業台を離れる。

「再編の話、聞きました」

 回りくどい前置きはなかった。

「……噂、早いですね」

「ええ」

 相手は、少し困ったように笑う。

「もし、ここがなくなったら……困ります」

 その言葉は、強くも、切実でもなかった。
 だが、はっきりしていた。

「困る、ですか」

「はい」

「理由を、聞いても?」

「子どもたちが、ここの菓子を楽しみにしているからです」

 それだけだった。

 宣伝になるからでも、格式があるからでもない。

「味が、ちょうどいいんです」

 その言葉が、工房の空気に溶ける。

 昼前。

 地方の店から、立て続けに連絡が入る。

「……“移るって聞いたけど、本当か”」

「……“もしそうなら、先に言ってほしい”」

「……“ここ、なくなると困る”」

 どれも、短い文面だった。

 嘆願ではない。
 抗議でもない。

 ただ、事実の確認。

「……選ばれてないな」

 シオンが、ぽつりと呟く。

「何がですの?」

「“特別”としては」

 リリカは、少し考えてから答える。

「ええ」

 静かに、肯定する。

「ですが、“前提”にはなっています」

 午後。

 常連の女性が、いつものように現れる。

「今日は、少し多めで」

「はい」

 シオンが、包みを用意する。

「……ここ、なくならないよね」

 何気ない一言。

「分かりません」

 シオンは、正直に答えた。

「……そう」

 女性は、それ以上何も言わなかった。

 だが、帰り際に、こう付け加えた。

「なくなると、困るけどね」

 その言葉は、背中越しだった。

 夕方。

 見習いたちが、片付けをしながら話している。

「……今日、やけに声をかけられましたね」

「うん」

「“ここがあって当たり前”みたいな」

 リリカは、その会話を止めなかった。

 むしろ、聞かせていた。

 夜。

 二人は、並んで座っていた。

「……評価じゃないな」

 シオンが、低く言う。

「ええ」

 リリカは、頷く。

「褒められてはいません」

「……だが」

「必要とされては、います」

 シオンは、しばらく黙り込む。

「……それで、十分か」

「はい」

 リリカは、迷いなく答える。

「“選ばれなかった”からこそ、残れたのです」

「……どういう意味だ」

「特別だと思われていたら」

 彼女は、静かに続ける。

「失われた時、代替を探されます」

「……ああ」

「ですが」

 視線を落とす。

「前提になっているものは、なくなると困る」

 外では、今日も工事の音が響いている。

 だが、その音は、もう以前ほど気にならなかった。

 工房の中に、確かなものが残っている。

 それは、称賛でも、数字でもない。

 ただ――
 選ばれなかった場所に、
 確かに届いていた声。

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