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第四十四話 何も変えないという決断
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第四十四話 何も変えないという決断
朝の工房は、少しだけ緊張していた。
音は、いつもと同じだ。
火の入る音。
器具の触れる音。
だが、人の気配が違う。
「……来るな」
シオンが、低く言った。
「ええ」
リリカは、すでに分かっていた。
昼前。
再編を担当する区画管理者が、工房を訪れた。
丁寧な服装。
穏やかな口調。
「本日は、最終的な確認に参りました」
提示された条件は、前回と大きくは変わらない。
家賃は上がる。
用途区分は、調整が入る。
ただし――
“即時ではない”。
「……猶予は、どれくらいだ」
「最短で半年。最長で一年です」
「……延びたな」
「地域全体の反応を考慮しました」
その言葉に、リリカは小さく頷いた。
「私どもからの回答期限は?」
「一か月以内です」
管理者は、それだけを告げて去っていった。
工房の扉が閉まる。
しばらく、誰も言葉を発しなかった。
「……選べるな」
シオンが、ぽつりと呟く。
「ええ」
リリカは、帳簿を開く。
「条件は厳しいですが、“決定”ではありません」
「……どうする」
彼は、真正面から聞いた。
「移るか。縮めるか。形を変えるか」
リリカは、しばらく沈黙したあと、ゆっくりと口を開く。
「どれも、しません」
はっきりとした声だった。
「……何も、変えない?」
「はい」
彼女は、視線を上げる。
「拡げません。
縮めません。
逃げません」
「……現実的か」
「現実的です」
リリカは、静かに言う。
「今の条件で、続けられる最低ラインが見えました」
「……余裕は?」
「ありません」
「……危なくないか」
「危ないです」
即答だった。
だが、続ける。
「ですが、無理ではありません」
午後。
見習いたちを集め、二人は正直に話した。
「条件が、変わるかもしれない」
「ここを続けるのは、楽ではない」
「それでも、今の形を変えない」
沈黙。
一人の見習いが、手を上げた。
「……残ります」
迷いのない声だった。
「理由は?」
シオンが聞く。
「ここで覚えた速度でしか、働けないからです」
他の見習いたちも、静かに頷いた。
「……分かった」
それ以上、言うことはなかった。
夕方。
二人は、裏口で並んで立っていた。
「……何も変えないって、怖いな」
シオンが、低く言う。
「ええ」
リリカは、認める。
「変える方が、簡単な時もあります」
「……それでも?」
「はい」
彼女は、穏やかに続ける。
「ここは、“変えなかった結果”で出来た場所です」
夜。
帳簿には、新しい数字が並ぶ。
劇的ではない。
だが、赤字でもない。
「……ギリギリだな」
「ええ」
リリカは、微笑む。
「ですが、“続く数字”です」
外では、相変わらず工事の音がしている。
世界は、変わり続ける。
それでも――
ここは、変えない。
朝の工房は、少しだけ緊張していた。
音は、いつもと同じだ。
火の入る音。
器具の触れる音。
だが、人の気配が違う。
「……来るな」
シオンが、低く言った。
「ええ」
リリカは、すでに分かっていた。
昼前。
再編を担当する区画管理者が、工房を訪れた。
丁寧な服装。
穏やかな口調。
「本日は、最終的な確認に参りました」
提示された条件は、前回と大きくは変わらない。
家賃は上がる。
用途区分は、調整が入る。
ただし――
“即時ではない”。
「……猶予は、どれくらいだ」
「最短で半年。最長で一年です」
「……延びたな」
「地域全体の反応を考慮しました」
その言葉に、リリカは小さく頷いた。
「私どもからの回答期限は?」
「一か月以内です」
管理者は、それだけを告げて去っていった。
工房の扉が閉まる。
しばらく、誰も言葉を発しなかった。
「……選べるな」
シオンが、ぽつりと呟く。
「ええ」
リリカは、帳簿を開く。
「条件は厳しいですが、“決定”ではありません」
「……どうする」
彼は、真正面から聞いた。
「移るか。縮めるか。形を変えるか」
リリカは、しばらく沈黙したあと、ゆっくりと口を開く。
「どれも、しません」
はっきりとした声だった。
「……何も、変えない?」
「はい」
彼女は、視線を上げる。
「拡げません。
縮めません。
逃げません」
「……現実的か」
「現実的です」
リリカは、静かに言う。
「今の条件で、続けられる最低ラインが見えました」
「……余裕は?」
「ありません」
「……危なくないか」
「危ないです」
即答だった。
だが、続ける。
「ですが、無理ではありません」
午後。
見習いたちを集め、二人は正直に話した。
「条件が、変わるかもしれない」
「ここを続けるのは、楽ではない」
「それでも、今の形を変えない」
沈黙。
一人の見習いが、手を上げた。
「……残ります」
迷いのない声だった。
「理由は?」
シオンが聞く。
「ここで覚えた速度でしか、働けないからです」
他の見習いたちも、静かに頷いた。
「……分かった」
それ以上、言うことはなかった。
夕方。
二人は、裏口で並んで立っていた。
「……何も変えないって、怖いな」
シオンが、低く言う。
「ええ」
リリカは、認める。
「変える方が、簡単な時もあります」
「……それでも?」
「はい」
彼女は、穏やかに続ける。
「ここは、“変えなかった結果”で出来た場所です」
夜。
帳簿には、新しい数字が並ぶ。
劇的ではない。
だが、赤字でもない。
「……ギリギリだな」
「ええ」
リリカは、微笑む。
「ですが、“続く数字”です」
外では、相変わらず工事の音がしている。
世界は、変わり続ける。
それでも――
ここは、変えない。
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