44 / 44
第四十五話 続いている、という事実
しおりを挟む
第四十五話 続いている、という事実
朝の工房は、静かだった。
特別な日ではない。
記念でも、節目でもない。
ただの一日だ。
シオンは、いつものように火を入れる。
温度を確かめ、生地に触れる。
「……今日も、同じだな」
「ええ」
リリカは、帳簿を開いた。
「昨日と、ほとんど変わりません」
注文は三件。
定期が二つ、個人が一つ。
増えてもいない。
減ってもいない。
だが、不足もない。
作業は、自然に進む。
誰も指示を出さない。
見習いたちは、それぞれの持ち場に立ち、
それぞれの速度で動いている。
「……声、いらなくなったな」
「ええ」
リリカは、小さく頷く。
「もう、共有されていますから」
午前中。
学校関係者が、受け取りに来る。
「今日も、助かります」
「こちらこそ」
それ以上の言葉はない。
だが、そのやり取りは、
“これからも来る”前提で行われていた。
昼過ぎ。
地方の店から、短い連絡が届く。
「……“今月分、いつも通りで”」
「……いつも通り、か」
シオンは、少しだけ笑った。
それは、最も確かな言葉だった。
夕方。
常連の女性が、包みを受け取りながら言う。
「ここ、なくならなかったね」
「ええ」
シオンは、曖昧に答える。
「今のところは」
「それで、いい」
女性は、そう言って去っていった。
夜。
二人は、並んで座っていた。
「……結局、何も起きなかったな」
「ええ」
リリカは、微笑む。
「ですが、それが結果です」
「……残った、ってことか」
「いいえ」
彼女は、静かに首を振る。
「残ったのではありません」
一拍、置く。
「続いているだけです」
シオンは、その言葉を噛みしめる。
「……それが、一番難しいな」
「ええ」
リリカは、頷いた。
「だからこそ、価値があります」
翌朝。
工房の前には、いつもの光景。
特別な客はいない。
祝福もない。
ただ、必要な人が、必要な分だけ来る。
シオンは、火を入れる。
リリカは、帳簿を開く。
見習いたちは、自然に動き出す。
何かを成し遂げた証は、どこにもない。
だが――
今日も、ここは開いている。
それが、結論だった。
終わらせなかった。
広げなかった。
逃げなかった。
ただ、続けた。
そして、
続いているという事実だけが、
静かに、すべてを肯定していた。
朝の工房は、静かだった。
特別な日ではない。
記念でも、節目でもない。
ただの一日だ。
シオンは、いつものように火を入れる。
温度を確かめ、生地に触れる。
「……今日も、同じだな」
「ええ」
リリカは、帳簿を開いた。
「昨日と、ほとんど変わりません」
注文は三件。
定期が二つ、個人が一つ。
増えてもいない。
減ってもいない。
だが、不足もない。
作業は、自然に進む。
誰も指示を出さない。
見習いたちは、それぞれの持ち場に立ち、
それぞれの速度で動いている。
「……声、いらなくなったな」
「ええ」
リリカは、小さく頷く。
「もう、共有されていますから」
午前中。
学校関係者が、受け取りに来る。
「今日も、助かります」
「こちらこそ」
それ以上の言葉はない。
だが、そのやり取りは、
“これからも来る”前提で行われていた。
昼過ぎ。
地方の店から、短い連絡が届く。
「……“今月分、いつも通りで”」
「……いつも通り、か」
シオンは、少しだけ笑った。
それは、最も確かな言葉だった。
夕方。
常連の女性が、包みを受け取りながら言う。
「ここ、なくならなかったね」
「ええ」
シオンは、曖昧に答える。
「今のところは」
「それで、いい」
女性は、そう言って去っていった。
夜。
二人は、並んで座っていた。
「……結局、何も起きなかったな」
「ええ」
リリカは、微笑む。
「ですが、それが結果です」
「……残った、ってことか」
「いいえ」
彼女は、静かに首を振る。
「残ったのではありません」
一拍、置く。
「続いているだけです」
シオンは、その言葉を噛みしめる。
「……それが、一番難しいな」
「ええ」
リリカは、頷いた。
「だからこそ、価値があります」
翌朝。
工房の前には、いつもの光景。
特別な客はいない。
祝福もない。
ただ、必要な人が、必要な分だけ来る。
シオンは、火を入れる。
リリカは、帳簿を開く。
見習いたちは、自然に動き出す。
何かを成し遂げた証は、どこにもない。
だが――
今日も、ここは開いている。
それが、結論だった。
終わらせなかった。
広げなかった。
逃げなかった。
ただ、続けた。
そして、
続いているという事実だけが、
静かに、すべてを肯定していた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
あなたへの恋心を消し去りました
鍋
恋愛
私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。
【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる