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第十二話 債権者たちの足音
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第十二話 債権者たちの足音
公爵邸の門の前に、見慣れない馬車が並んでいた。
黒塗りの馬車、商会の紋章、金融ギルドの旗。
朝の空気がざわめいている。
エレノアは窓辺からそれを見下ろした。
「始まりましたね」
ルークが小さく頷く。
王宮による財産凍結の通達は、既に市中へ流れている。
“公爵家の名を騙っていた男爵一家”
その言葉は、商人たちにとって一つの意味しか持たない。
――回収。
門番が慌ただしく駆け込んでくる。
「公爵様、各商会より面会の申し出が」
「通しなさい」
穏やかな声。
恐れはない。
広間に、商人たちが入ってくる。
皆、笑っていない。
一礼。
だがその目は鋭い。
代表格の大商会主が口を開く。
「確認を。これまでの借入は、公爵家名義でございました」
エレノアは静かに答える。
「直系当主の承認は一切ございません」
空気がぴんと張る。
「つまり」
「男爵グレゴール個人の負債です」
はっきりと。
曖昧にしない。
商人たちの目が光る。
「法的にも、そのように整理されるとの王宮見解を得ております」
一瞬の沈黙。
そして――
わずかに口元が上がる者。
「それは助かります」
“公爵家の債務”ではない。
“男爵個人の借金”。
つまり、遠慮は不要。
同時刻。
別棟の一室。
グレゴール男爵は怒鳴っていた。
「公爵家の負債だ! 公爵家が払え!」
扉が開く。
そこに現れたのは、金融ギルドの執行官。
背後に兵。
「グレゴール男爵」
その呼び名に、彼は歯噛みする。
「借入総額、返済期限到来」
「待て! 王宮が審理中だ!」
「審理中でも、契約は有効」
淡々とした宣告。
叔母が割り込む。
「私たちは公爵家の者よ!」
執行官が冷ややかに見る。
「いいえ。除名済みです」
その一言が重い。
従妹が震える。
「そんな……昨日まで、皆、笑っていたのに……」
笑っていたのは、金があったから。
執行官が紙を広げる。
「担保差押え」
屋敷内の調度品。
宝飾品。
馬車。
絵画。
一つずつ読み上げられる。
叔母が悲鳴をあげる。
「触らないで! それは公爵家の――」
「男爵家所有物として登録済み」
冷酷な事実。
公爵名義にしていなかった贅沢品は、すべて“個人資産”。
つまり、差押え対象。
兵が動く。
棚から宝石箱が下ろされる。
従妹が駆け寄る。
「それは私の!」
「借入の担保です」
淡々と回収。
グレゴールの額から汗が落ちる。
「エレノアに言え! 公爵家が保証すると!」
執行官が無表情で答える。
「保証は拒否された」
その言葉に、男爵の膝が揺れる。
広間では、商人たちがエレノアに一礼していた。
「公爵様の誠実な対応、感謝いたします」
「当然のことです」
微笑む。
だが目は冷静。
信用は、金より重い。
そして今、信用は彼女に戻っている。
別棟から、物が運び出される音。
叔母の泣き声。
従妹の叫び。
それらは、もう公爵邸の“外側の音”だ。
ルークが小さく言う。
「情けは?」
「貸付契約には情けはありません」
さらりと返す。
グレゴールは机に拳を叩きつける。
「まだ終わらん! 私は王太子と――」
扉が再び開く。
今度は王宮兵。
「王家欺瞞の件、正式審理日が決定した」
静まり返る。
叔母が震える。
「……審理?」
兵が冷たく告げる。
「それまでに債務整理を終えること」
終わるはずがない。
返せる額ではない。
執行官が最後に告げる。
「残債は、労役による弁済も検討される」
その言葉の意味。
重い。
鉱山。
強制労働。
男爵の顔が真っ青になる。
エレノアは窓から庭を見る。
荷馬車が次々と出ていく。
贅沢の象徴が消えていく。
「静かですね」
ルークが答える。
「嵐の前です」
エレノアは目を閉じる。
救済はない。
情もない。
ただ、事実と契約。
そして責任。
男爵一家の足元から、地面が消え始めている。
次は、王家の裁き。
そのとき、彼らは完全に“落ちる”。
もう、戻れない。
公爵邸の門の前に、見慣れない馬車が並んでいた。
黒塗りの馬車、商会の紋章、金融ギルドの旗。
朝の空気がざわめいている。
エレノアは窓辺からそれを見下ろした。
「始まりましたね」
ルークが小さく頷く。
王宮による財産凍結の通達は、既に市中へ流れている。
“公爵家の名を騙っていた男爵一家”
その言葉は、商人たちにとって一つの意味しか持たない。
――回収。
門番が慌ただしく駆け込んでくる。
「公爵様、各商会より面会の申し出が」
「通しなさい」
穏やかな声。
恐れはない。
広間に、商人たちが入ってくる。
皆、笑っていない。
一礼。
だがその目は鋭い。
代表格の大商会主が口を開く。
「確認を。これまでの借入は、公爵家名義でございました」
エレノアは静かに答える。
「直系当主の承認は一切ございません」
空気がぴんと張る。
「つまり」
「男爵グレゴール個人の負債です」
はっきりと。
曖昧にしない。
商人たちの目が光る。
「法的にも、そのように整理されるとの王宮見解を得ております」
一瞬の沈黙。
そして――
わずかに口元が上がる者。
「それは助かります」
“公爵家の債務”ではない。
“男爵個人の借金”。
つまり、遠慮は不要。
同時刻。
別棟の一室。
グレゴール男爵は怒鳴っていた。
「公爵家の負債だ! 公爵家が払え!」
扉が開く。
そこに現れたのは、金融ギルドの執行官。
背後に兵。
「グレゴール男爵」
その呼び名に、彼は歯噛みする。
「借入総額、返済期限到来」
「待て! 王宮が審理中だ!」
「審理中でも、契約は有効」
淡々とした宣告。
叔母が割り込む。
「私たちは公爵家の者よ!」
執行官が冷ややかに見る。
「いいえ。除名済みです」
その一言が重い。
従妹が震える。
「そんな……昨日まで、皆、笑っていたのに……」
笑っていたのは、金があったから。
執行官が紙を広げる。
「担保差押え」
屋敷内の調度品。
宝飾品。
馬車。
絵画。
一つずつ読み上げられる。
叔母が悲鳴をあげる。
「触らないで! それは公爵家の――」
「男爵家所有物として登録済み」
冷酷な事実。
公爵名義にしていなかった贅沢品は、すべて“個人資産”。
つまり、差押え対象。
兵が動く。
棚から宝石箱が下ろされる。
従妹が駆け寄る。
「それは私の!」
「借入の担保です」
淡々と回収。
グレゴールの額から汗が落ちる。
「エレノアに言え! 公爵家が保証すると!」
執行官が無表情で答える。
「保証は拒否された」
その言葉に、男爵の膝が揺れる。
広間では、商人たちがエレノアに一礼していた。
「公爵様の誠実な対応、感謝いたします」
「当然のことです」
微笑む。
だが目は冷静。
信用は、金より重い。
そして今、信用は彼女に戻っている。
別棟から、物が運び出される音。
叔母の泣き声。
従妹の叫び。
それらは、もう公爵邸の“外側の音”だ。
ルークが小さく言う。
「情けは?」
「貸付契約には情けはありません」
さらりと返す。
グレゴールは机に拳を叩きつける。
「まだ終わらん! 私は王太子と――」
扉が再び開く。
今度は王宮兵。
「王家欺瞞の件、正式審理日が決定した」
静まり返る。
叔母が震える。
「……審理?」
兵が冷たく告げる。
「それまでに債務整理を終えること」
終わるはずがない。
返せる額ではない。
執行官が最後に告げる。
「残債は、労役による弁済も検討される」
その言葉の意味。
重い。
鉱山。
強制労働。
男爵の顔が真っ青になる。
エレノアは窓から庭を見る。
荷馬車が次々と出ていく。
贅沢の象徴が消えていく。
「静かですね」
ルークが答える。
「嵐の前です」
エレノアは目を閉じる。
救済はない。
情もない。
ただ、事実と契約。
そして責任。
男爵一家の足元から、地面が消え始めている。
次は、王家の裁き。
そのとき、彼らは完全に“落ちる”。
もう、戻れない。
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