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第13話 静かに迫る影と、令嬢の変わらぬ昼下り
しおりを挟むエレノアは、午前の読書を終えて軽く伸びをした。
「ふふ……今日は風が心地よいですわね。
昼食は外のテラスにしましょうか、ミリア」
「……お嬢様。王都が今どれだけ騒がしいかご存じですよね?」
エレノアは首をかしげる。
「王都が騒ごうと、わたくしのテラスは静かですわ」
ミリアは頭を抱えた。
(もうこの世界の“動揺”という概念が通じない……)
そこへ、また侍女が駆け込んでくる。
「お嬢様! 王宮で……さらに大変なことが!」
エレノアはため息のような笑みを浮かべた。
「……今日も、ですの?」
「今日“も”です……。
リリィ様が、ついに“王妃の私室”にまで侵入し——」
ミリアが絶句した。
「王妃様の……!? そこは誰も勝手に入ってはならない禁域ですわよ!?」
侍女は震えながら続ける。
「殿下が“リリィが入った理由を説明しろ”と言った管理官を、
王宮から追放してしまったそうで……」
エレノアは紅茶を一口。
「殿下……もう引き返せませんわね」
ミリアは叫ぶ。
「お嬢様! のんびり言っている場合では!」
「いいえ、どのみち殿下はもう戻れませんわ。
わたくしの時もそうでしたもの。
“好きな人には限りなく甘く”
“興味を失えば雪のように冷たく”
あの方は極端ですから」
ミリアは思わず黙った。
(……元婚約者の特性を冷静に分析している……)
侍女はさらに報告を続ける。
「それで……王宮内の貴族派閥に亀裂が入っているようで……。
“やはりエレノア様の方が王妃にふさわしかった”という声が急増して……
そのせいで……」
「そのせいで?」
「殿下が“エレノアはもう関係ないだろ!!”と廊下で叫ばれたとか……」
ミリアと侍女が同時に押し黙る。
エレノアは優雅に言った。
「関係ないのは、その通りですわね。
わたくし、殿下の人生から離れられて幸せですもの」
ミリアは涙目で机に突っ伏した。
「お嬢様、強すぎます……!」
そこへ、屋敷の門が叩かれた。
「ノルヴィア公爵家より、再び書状が!」
ミリアは息を呑み、エレノアも軽く眉を上げる。
「公爵様……また?」
開封すると、端正な筆跡でこう書かれていた。
『王宮での混乱はさらに拡大している。
君が巻き込まれる前に、早急に話す必要がある。
三日後、正式に伺う。
ライナルト』
ミリアはぶるっと震えた。
「お嬢様……公爵様、完全に“保護モード”に入っております!」
エレノアは少し困ったようにため息をつく。
「わたくし、特に困ってはいないのですけれど……」
「公爵様は“困っているかどうか”ではなく、
“危険に近づけたくない”と考えているのですわ!」
「まあ……ありがたいことですわね」
エレノアは穏やかに微笑んだ。
(あの方、誤解を解くだけでなく、
わたくしを“王宮の騒動の外”に置こうとしている……
ずいぶん、律儀なお方ですわね)
***
一方その頃、ノルヴィア公爵邸では。
側近が報告を終えると、ライナルトは静かに言った。
「……王宮は自滅する。
問題は、余波がアルディナ嬢に及ぶことだ」
「閣下は……エレノア嬢をそこまで?」
ライナルトは答えず、窓の外を見つめた。
思い浮かぶのは、昨日の柔らかな微笑み。
「……あの令嬢は“平和”そのものだ。
王宮の泥に触れさせてはならない」
側近たちは戦慄した。
(この方……本気で守る気だ……!)
もう一人の側近が思い切って聞く。
「閣下。三日後の訪問の目的は……?」
ライナルトは淡々と告げた。
「彼女の今後を守るための“正式な提案”をする」
側近たちは固まった。
(正式な……!?)
ライナルトは続けた。
「もちろん強要はしない。
ただ……あの令嬢が静かに暮らせる場所が必要だ」
“静かに暮らせる場所”
それは辺境公爵領しかない。
つまり——
(公爵様……まさか、お嬢様を“連れて行く気”なのでは……!?)
側近たちはざわつき、王宮は混乱し、そして——
当のエレノアは庭で日向ぼっこをしていた。
「ミリア、今日の陽射し……なんて幸せなんでしょう……」
(……お嬢様……三日後に人生が動くとは絶対思ってませんわね……!)
静けさの中で、運命は確実に近づいていた。
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