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第14話 王宮炎上と、令嬢の小さな胸ざわめき
しおりを挟むその日、王宮は早朝から異様な空気に包まれていた。
侍従たちが血相を変えて走り回り、
貴族たちはひそひそ声で口を開く。
「聞いたか? リリィ様がついに……」
「ああ、王妃様に向かって“その椅子どいてよ”と……」
「殿下が止めなかったらしい。むしろ王妃様を叱責したとか」
(……冗談だろう……?)
そう思いたくても、すでに王宮中が知る“事実”であった。
そして――
玉座の間では、国王陛下が烈火のごとき怒りを放っていた。
「アレクシオン!! よくも母上を侮辱する娘をかばったな!!」
王子はなおも食い下がる。
「父上は知らないだけだ! リリィは……本当に純粋で、優しくて……!」
「純粋な者が王妃の部屋へ無断で入るか!!」
侍従たちは震え上がった。
(陛下の本気の怒声……何年ぶりだ……?)
国王は重々しく告げた。
「後日、お前とリリィの件について“正式に裁定”を下す」
その言葉に、王宮全体が凍りついた。
***
一方、エレノアの屋敷。
今日もまた、見事な平和だった。
テラスに敷かれたクロスの上には、
春の果物を使ったタルトと紅茶。
柔らかな陽射しが降り注ぎ、
鳥のさえずりが穏やかに響く。
「なんて美しい天気なのでしょう、ミリア。
タルトの甘さが倍増しますわ」
「お嬢様……王宮の天気は嵐ですよ……」
ミリアの声は震えている。
「嵐ですの?」
「先ほど、王妃様をリリィ様が……ついに……!」
ミリアが詳細を語り終えた瞬間、
エレノアは静かに紅茶を置いた。
「……王妃様を?」
「はい。リリィ様が……“そこ私が座るからどいて”と……」
エレノアは目を閉じて深く息をついた。
「……あれはもう、恋愛の問題ではありませんわね。
殿下、務めに必要な視点を完全に失ってしまわれたのですわ」
ミリアはほぼ泣いていた。
「お嬢様、なぜそこまで冷静に分析できるのですか……!」
「すべて経験済みですもの」
ミリアは言葉を失った。
(エレノア様……強靭……)
***
報告の後、侍女が慌ただしく駆け込む。
「お嬢様! ノルヴィア公爵家から再度の書状が!」
エレノアはやや驚きつつ手紙を受け取った。
筆跡は変わらず端正で厳しい。
『王宮の混乱は、近日中に頂点に達するだろう。
その前に、君に伝えるべきことがある。
三日後の面会について、予定通り伺う。
ライナルト』
ミリアは深く頷いた。
「閣下……完全に“決意”していますね……」
エレノアは困惑する。
「……わたくし、何かしましたかしら?」
「何もしていません。
むしろ“何もしていないのに評価が上がっている”のがお嬢様です!」
エレノアは少し考え込み、
窓の外へ視線を向けた。
静かな庭。
爽やかな風。
そして、どこか胸の奥に小さなざわめき。
「わたくし……なぜかしら。
あの方と会うことに、少しだけ……」
ミリアが身を乗り出す。
「少しだけ……?」
エレノアは小さく息を吐いた。
「……緊張していますわ」
ミリアは感動で震えた。
(お嬢様が……! ついに“普通の反応”を……!!)
エレノアは続けた。
「だって、公爵様って……
本当に真っ直ぐで、嘘のない目をしていらっしゃるのですもの。
あの方に見つめられると……
わたくしの余計な策略が全部剥がされてしまいそうで……」
ミリアは目を丸くした。
「お嬢様……“余計な策略”なんてありました?」
「泣き崩れる演技、ですわ」
ミリアはまた頭を抱えた。
(それは……確かに……!)
***
その頃、公爵邸では。
ライナルトは静かに机上の書類を閉じた。
「……三日後だ」
側近が尋ねる。
「閣下。
エレノア嬢に、お伝えすることは決まっているのですか?」
ライナルトの瞳が鋭く光った。
「決まっている。
彼女の安全を最優先にする」
「では……やはり、彼女を——」
「無理強いはしない。
だが、提案はする」
側近たちは息をのんだ。
(提案……つまり“彼女が王宮から離れ、静かに暮らせる道”……
それはもう、ほとんど……!)
ライナルトは、窓の外を見つめて静かに呟いた。
「エレノア・アルディナ……
君は、この混乱の中に置いてよい人間ではない」
その声には、否応なく温度が宿っていた。
まだ本人だけが知らない。
三日後、
エレノアの人生が大きく動くことを。
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