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第17話 “婚約破棄令嬢”、本気を出すとこうなります
しおりを挟む辺境公爵領に来て三日目。
エレノアは執務室に呼ばれ、長机の向こうにいる公爵家の重臣たちに囲まれていた。
「お呼びでしょうか、公爵様?」
「うむ。領内の現状を簡単に共有しておこうと思ってな」
ライナルトは分厚い資料の束を指で示す。
紙には、産業収支、輸送路の管理状況、商人ギルドの要望、村ごとの税収などが細かく記されている。
侍従長がやや申し訳なさそうに言った。
「……大変難しい内容でして。お嬢様には少々退屈かと……」
「構いませんわ。読ませていただければ」
エレノアは穏やかに微笑み、すっと椅子に座って資料を手に取る。
――五分後。
「……あの、エレノア様? 資料はまだ一部しか……」
「読み終えましたわ」
「えっ!? 全部ですか!?」
重臣たちがざわめいた。
彼らはまだ三ページ目にすら到達していない。
「い、いえ、その、内容は理解され……?」
「もちろんですわ。むしろ、少し気になる点がありまして」
エレノアは軽く指で資料をまとめ、流れるように説明を始めた。
「まず、北部の銀鉱山ですが、採掘量に対して輸送路の整備が追いついていません。このままですと来年には収益が下がりますわ」
「な、なぜそれを……!?」
「鉱山の収支表と道路整備費の比率、それに馬車の維持費の増加が書かれておりますでしょう?」
重臣たちは顔を見合わせ、青ざめたり赤くなったり忙しい。
「さらに、農村地帯の税率の問題ですが――」
「そ、それも気付かれていたのですか……!」
彼女は淡々と、しかし的確に指摘していく。
税の取りすぎで農民が疲弊しはじめていること。
商人ギルドと領主側の交渉が形骸化していること。
書類の管理方法を少し変えるだけで、仕事量が半減すること。
「……という理由から、今のままでは三年後に領全体の収益が鈍化しますわ。対策としては――」
「ま、待ってください! まだ心の準備が……!」
「こ、こんな短時間で領の未来予測まで……!」
重臣たちは半ば悲鳴を上げていた。
その横で、ライナルトは腕を組み、じっとエレノアを見つめている。
深い蒼色の瞳に、熱が宿っていた。
「……やはり、見込んだ通りだ」
「え?」
「エレノア。君は王太子には過ぎた才だ。だが――」
ライナルトはゆっくりと近づき、彼女の手元の資料に手を置いた。
「この領地には、君ほどふさわしい者はいない」
その声は低くて、真っ直ぐで。
褒められ慣れていないエレノアは思わず背筋があたふたと跳ねた。
「わ、私など……まだ環境に慣れたばかりですのに」
「慣れただけで領の未来を見抜く者がどこにいる?」
重臣全員が無言で頷いた。
「……エレノア様がいてくだされば、私どもは百人力です!」
「ぜひ今後もご意見を!」
「いや、千人力では……?」
気づけば、部屋はエレノア賞賛の渦になっていた。
(……あら? なんだか思っていたよりも大ごとになってしまいましたわね)
エレノアは頬を押さえながら少しだけ苦笑した。
しかしその横で、公爵だけは微かに微笑み、静かに呟いた。
「――やはり、彼女しかいない」
その言葉は彼の胸の奥から滲み出た本心であったが、
エレノアはまだ、その意味に気づかない。
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