『婚約破棄された令嬢ですが、気づけば王国の基準になっていました』

ふわふわ

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第十四話 噂の行方

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第十四話 噂の行方

 翌朝、王都の空気はいつもと変わらぬようでいて、どこか落ち着きを欠いていた。

 市場の喧騒も、馬車の往来も、見た目は平常だ。だが視線の交差や囁きの端々に、微妙な緊張が混じっている。

 噂は、速い。

 そして正確さを必要としない。

「隣国の公爵がヴァルモンド家を訪れたらしい」

「財務顧問の打診だとか」

「王国を見限るつもりなのでは」

 根拠のない推測が、まことしやかに語られる。

 私は書斎で報告書を受け取りながら、静かに目を通していた。

「お嬢様、本日だけで三件の問い合わせがございます」

 アルフレッドが淡々と告げる。

「どのような内容かしら」

「侯爵家の今後の方針について。特に国債保有の動きに関して」

 私は小さく頷く。

 当然だ。

 隣国の公爵が訪問したという事実は、市場に一つの示唆を与える。

 ヴァルモンド家が王国から距離を置くのではないか、と。

 もしそうなれば。

 国債の追加売却、出資の引き上げ、さらなる信用低下。

 連鎖は加速する。

「公式な立場は」

 私は言う。

「現時点で変更なし。王国との関係も、出資方針も変わりません、と」

「かしこまりました」

 噂を否定することはできない。

 だが、煽る必要もない。

 私は机上の数字を再確認する。

 国債利回り、微増。

 交易量、微減。

 物価指数、上昇継続。

 揺れは小さいが、確実に続いている。

 昼過ぎ、父が書斎に入ってきた。

「王宮でも噂が広がっている」

「隣国の件ですか」

「ああ。殿下は不快感を示している」

 私は一瞬、視線を落とす。

「当然ですわね」

「裏切りと受け取る者もいる」

「裏切る約束はしておりません」

 静かな言葉。

 父は苦笑する。

「正論だ」

 だが、政治は正論だけで動かない。

 午後、思いがけない来客があった。

 王宮付きの侍従長。

 形式ばった礼を交わした後、彼は慎重に口を開いた。

「陛下より、状況の確認を仰せつかっております」

「状況、とは」

「隣国との関係について」

 直球ではない。

 だが、意図は明確だ。

「公爵閣下が訪問されたのは事実です」

 私は淡々と答える。

「ですが、現時点で契約も合意もございません」

「王国を離れるお考えは」

 侍従長の声は穏やかだが、探る響きがある。

「私個人の進退は、侯爵家の判断と一致いたします」

 逃げではない。

 だが、即答もしない。

 侍従長は一礼した。

「陛下は、王国の安定を何より重んじておられます」

「存じております」

 短い会話。

 だが意味は重い。

 王は疑念を抱きつつある。

 王国が揺れている中で、私の存在がさらに不安を生むことを避けたいのだろう。

 侍従長が去った後、私は深く息を吐いた。

 噂は、武器になる。

 そして刃にもなる。

 夜、王都の灯りを眺めながら、私は考える。

 隣国の提案は魅力的だった。

 実権を伴う立場。

 道具にされない約束。

 だが。

 王国はまだ崩れていない。

 そして私は、この国で育った。

 王太子殿下の決断は、私を外した。

 だが、それだけで国を捨てる理由になるだろうか。

 窓に映る自分の姿を見つめる。

 私は自由だ。

 だからこそ、選択は慎重であるべき。

 噂は広がり続ける。

 王宮では疑念が芽生え、貴族は焦燥を隠せない。

 市場は静かに数字を積み重ねる。

 そのすべてが、私の次の一手を待っているようだった。

 来訪者の影は、まだ消えない。

 だが、決断の時は、もう少し先。

 私は灯りを落とし、静かな闇の中で考え続けた。

 噂の行方は、やがて王国の行方と重なる。

 その交差点に、私は立っている。
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