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第二十三話 試される覚悟
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第二十三話 試される覚悟
三者会議の初回開催が正式に告知されたのは、王城がまだ薄い朝靄に包まれている時間だった。
教会、貴族、王家。
これまで「必要な時だけ呼ばれる存在」だったそれぞれが、同じ卓につく。
それは制度としては簡素な一歩に過ぎない。
だが、精神的な距離としては、これまでで最も遠い跳躍だった。
会議室に集まった面々の表情は、緊張に満ちている。
誰もが理解していた――
ここでの発言は、もう「なかったこと」にはできない。
「……それでは、始めます」
宰相の声は、いつもより低く、慎重だった。
「本日の議題は三つ。
一つ、聖女制度の再定義。
二つ、地方行政における裁量権の整理。
三つ、王命の適用範囲の明文化です」
その言葉が発せられた瞬間、室内の空気がわずかに揺れる。
どれも、触れれば痛みを伴う議題だ。
だが、避けては通れない。
「まず、聖女制度について」
教会側の代表が、ゆっくりと口を開いた。
「我々は、奇跡を前提とした制度設計そのものに、限界を感じています」
その言葉に、貴族側から小さなどよめきが起こる。
「奇跡を否定するのか?」
「否定ではありません」
教会代表は、落ち着いて首を横に振った。
「奇跡は、再現できません。
制度は、再現できなければならない」
その理屈は、あまりにも明快だった。
王家側の席で、アドリアンは静かに頷く。
以前なら、反射的に反論していただろう。
だが今は、聞く。
「信徒支援、教育、医療、相談窓口の整備。
それらを担う人材を育てることこそが、教会の役割です」
教会代表は、言葉を続ける。
「聖女は、その象徴ではなく、
その中核を担う“役割の一つ”として位置づけるべきでしょう」
リーネの姿が、アドリアンの脳裏をよぎる。
象徴として押し上げられ、
役割を教えられなかった少女。
この言葉は、遅すぎる反省であり、
同時に、未来への最低限の責任だった。
「……異論は?」
宰相が、周囲を見渡す。
貴族側の代表が、慎重に口を開いた。
「制度としては理解できます。
ただし、地方に負担が集中しない仕組みが必要です」
「当然です」
教会代表は、即答した。
「だからこそ、三者会議が必要なのです」
議論は、滞らなかった。
誰かが話し、
誰かが反論し、
誰かが補足する。
そこには、
かつてのような「空気を読む沈黙」はない。
それぞれが、自分の立場で責任を持って発言している。
――歯車が、噛み合い始めている。
一方、私は隣国の政庁で、会議の逐一を報告として受け取っていた。
「……初回にしては、上出来ね」
資料に目を通しながら、率直にそう思う。
反発がゼロではない。
だが、議論から逃げる者もいない。
「試されているのは、王家ですね」
マリアが、静かに言う。
「ええ」
私は頷いた。
「教会と貴族は、
“変わる覚悟”を見せ始めた」
残るは、王家。
主導権を手放す覚悟。
失敗を共有する覚悟。
そして、
誰か一人に依存しない覚悟。
「……アドリアンは」
ふと、名前を口にする。
「今度こそ、自分で背負うつもりでしょう」
それができなければ、
どんな制度も形骸化する。
同じ頃、修道院では。
リーネが、信徒の相談を受ける実習に参加していた。
「……祈れば、楽になりますか?」
年老いた女性の問いに、
リーネは一瞬、言葉に詰まる。
以前の自分なら、
「きっと大丈夫です」と言っただろう。
だが今は違う。
「……分かりません」
正直な言葉。
「でも、お話を聞くことはできます」
女性は、驚いたように目を見開いた後、
ゆっくりと頷いた。
「それで、十分です」
その一言が、胸に染みる。
奇跡は起きない。
だが、
人と人が向き合うことで、
心は少し軽くなる。
それを、リーネは初めて実感していた。
夜。
三者会議初日の議事録が、王城内で回覧された。
そこには、
誰が何を言い、
どこで合意し、
どこが未決なのかが、
克明に記されている。
「……逃げ場がないな」
重臣の一人が、苦笑する。
「だからこそ、意味がある」
宰相は、静かに答えた。
アドリアンは、議事録の最後に署名を入れながら、
小さく息を吐いた。
「……試されているのは、覚悟か」
誰に言うでもなく、呟く。
王家が変わるということは、
誰かに頼らないということだ。
それは、
これまでで最も重い選択だった。
一方、私は書斎の窓を開け、
夜風を胸いっぱいに吸い込んだ。
王国は、今まさに試されている。
形だけの改革か、
本当に変わるのか。
「……覚悟は、言葉じゃ測れない」
小さく、そう呟く。
行動が続くかどうか。
責任を引き受け続けられるかどうか。
それだけが、答えだ。
第二十三話は、
誰かが救われる話ではない。
だが、
誰もが“逃げられなくなった”という意味で、
確かな転換点だった。
――試される覚悟は、
これから、何度も、
王家と王国を叩くことになる。
三者会議の初回開催が正式に告知されたのは、王城がまだ薄い朝靄に包まれている時間だった。
教会、貴族、王家。
これまで「必要な時だけ呼ばれる存在」だったそれぞれが、同じ卓につく。
それは制度としては簡素な一歩に過ぎない。
だが、精神的な距離としては、これまでで最も遠い跳躍だった。
会議室に集まった面々の表情は、緊張に満ちている。
誰もが理解していた――
ここでの発言は、もう「なかったこと」にはできない。
「……それでは、始めます」
宰相の声は、いつもより低く、慎重だった。
「本日の議題は三つ。
一つ、聖女制度の再定義。
二つ、地方行政における裁量権の整理。
三つ、王命の適用範囲の明文化です」
その言葉が発せられた瞬間、室内の空気がわずかに揺れる。
どれも、触れれば痛みを伴う議題だ。
だが、避けては通れない。
「まず、聖女制度について」
教会側の代表が、ゆっくりと口を開いた。
「我々は、奇跡を前提とした制度設計そのものに、限界を感じています」
その言葉に、貴族側から小さなどよめきが起こる。
「奇跡を否定するのか?」
「否定ではありません」
教会代表は、落ち着いて首を横に振った。
「奇跡は、再現できません。
制度は、再現できなければならない」
その理屈は、あまりにも明快だった。
王家側の席で、アドリアンは静かに頷く。
以前なら、反射的に反論していただろう。
だが今は、聞く。
「信徒支援、教育、医療、相談窓口の整備。
それらを担う人材を育てることこそが、教会の役割です」
教会代表は、言葉を続ける。
「聖女は、その象徴ではなく、
その中核を担う“役割の一つ”として位置づけるべきでしょう」
リーネの姿が、アドリアンの脳裏をよぎる。
象徴として押し上げられ、
役割を教えられなかった少女。
この言葉は、遅すぎる反省であり、
同時に、未来への最低限の責任だった。
「……異論は?」
宰相が、周囲を見渡す。
貴族側の代表が、慎重に口を開いた。
「制度としては理解できます。
ただし、地方に負担が集中しない仕組みが必要です」
「当然です」
教会代表は、即答した。
「だからこそ、三者会議が必要なのです」
議論は、滞らなかった。
誰かが話し、
誰かが反論し、
誰かが補足する。
そこには、
かつてのような「空気を読む沈黙」はない。
それぞれが、自分の立場で責任を持って発言している。
――歯車が、噛み合い始めている。
一方、私は隣国の政庁で、会議の逐一を報告として受け取っていた。
「……初回にしては、上出来ね」
資料に目を通しながら、率直にそう思う。
反発がゼロではない。
だが、議論から逃げる者もいない。
「試されているのは、王家ですね」
マリアが、静かに言う。
「ええ」
私は頷いた。
「教会と貴族は、
“変わる覚悟”を見せ始めた」
残るは、王家。
主導権を手放す覚悟。
失敗を共有する覚悟。
そして、
誰か一人に依存しない覚悟。
「……アドリアンは」
ふと、名前を口にする。
「今度こそ、自分で背負うつもりでしょう」
それができなければ、
どんな制度も形骸化する。
同じ頃、修道院では。
リーネが、信徒の相談を受ける実習に参加していた。
「……祈れば、楽になりますか?」
年老いた女性の問いに、
リーネは一瞬、言葉に詰まる。
以前の自分なら、
「きっと大丈夫です」と言っただろう。
だが今は違う。
「……分かりません」
正直な言葉。
「でも、お話を聞くことはできます」
女性は、驚いたように目を見開いた後、
ゆっくりと頷いた。
「それで、十分です」
その一言が、胸に染みる。
奇跡は起きない。
だが、
人と人が向き合うことで、
心は少し軽くなる。
それを、リーネは初めて実感していた。
夜。
三者会議初日の議事録が、王城内で回覧された。
そこには、
誰が何を言い、
どこで合意し、
どこが未決なのかが、
克明に記されている。
「……逃げ場がないな」
重臣の一人が、苦笑する。
「だからこそ、意味がある」
宰相は、静かに答えた。
アドリアンは、議事録の最後に署名を入れながら、
小さく息を吐いた。
「……試されているのは、覚悟か」
誰に言うでもなく、呟く。
王家が変わるということは、
誰かに頼らないということだ。
それは、
これまでで最も重い選択だった。
一方、私は書斎の窓を開け、
夜風を胸いっぱいに吸い込んだ。
王国は、今まさに試されている。
形だけの改革か、
本当に変わるのか。
「……覚悟は、言葉じゃ測れない」
小さく、そう呟く。
行動が続くかどうか。
責任を引き受け続けられるかどうか。
それだけが、答えだ。
第二十三話は、
誰かが救われる話ではない。
だが、
誰もが“逃げられなくなった”という意味で、
確かな転換点だった。
――試される覚悟は、
これから、何度も、
王家と王国を叩くことになる。
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