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第二十五話 最初の軋み
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第二十五話 最初の軋み
改革というものは、決定された瞬間に完成するものではない。
むしろ、決まった直後から――静かに、しかし確実に、軋みを上げ始める。
三者会議で「責任の所在」が明文化されてから、王城には微妙な緊張が漂っていた。
誰もが以前と同じ言葉を使いながら、同じ振る舞いをしようとして、しかしできない。
なぜなら、もう逃げ場がないことを、全員が理解しているからだ。
「……地方南部の灌漑事業が、止まりました」
執務室で、報告官が慎重に切り出した。
「理由は?」
アドリアンは顔を上げ、短く問い返す。
「領主側が、予算の再配分を拒否しています。
これまでは、王命による暫定措置で進めていましたが……」
その言葉の続きは、言わずとも分かる。
――王命による上書きが、もう使えない。
「……三者会議で合意された手続きは?」
「教会側は承認しています。
問題は、貴族側です。
責任が明確になったことで、“損をする判断”を避け始めています」
沈黙。
それは、想定内の事態だった。
責任が見えるようになれば、
当然、誰もが慎重になる。
いや、慎重というより――臆病になる。
「……逃げているな」
アドリアンは、低く呟いた。
「はい」
宰相が、はっきりと認める。
「ですが、それもまた、改革の一部です」
「分かっている」
アドリアンは、椅子から立ち上がった。
「だからこそ、ここで曖昧にしてはならない」
その日の午後、臨時の三者会議が招集された。
議題は一つ。
南部灌漑事業の再開と、予算再配分の判断。
会議室に集まった空気は、
これまでで最も重かった。
「……今回の件」
貴族側代表が、慎重に言葉を選ぶ。
「我々としては、地域財政への影響が大きすぎると判断しました」
「それは、以前から分かっていたことです」
教会代表が、静かに応じる。
「だからこそ、段階的な支援策を提案してきました」
「提案と、責任は別だ」
貴族代表は、視線を逸らさずに言った。
「失敗した場合、
我々の領地が直接打撃を受ける」
その言葉に、誰も反論できない。
責任が明確になったからこそ、
失敗は現実的な恐怖になった。
――これが、最初の軋み。
その沈黙を破ったのは、アドリアンだった。
「では、王家が引き受ける」
一瞬、会議室が凍りつく。
「殿下……?」
「今回の判断は、行政判断だ」
アドリアンは、はっきりと言った。
「制度上、王家が最終責任を負う。
貴族領への直接的な損失が出た場合、
王家が補填する」
ざわめき。
それは、
王家が初めて、
“言葉通りに責任を取る”と宣言した瞬間だった。
「……よろしいのですか」
宰相が、念を押す。
「よろしい」
即答。
「逃げ道を残した改革に、意味はない」
貴族代表は、しばらく沈黙した後、
深く頭を下げた。
「……協力します」
その一言は、
譲歩ではない。
信頼の芽だった。
一方、私は隣国の政庁で、この一連の報告を読んでいた。
「……来ましたね」
マリアが、低く言う。
「ええ」
私は、書類を机に置く。
「最初の軋み。
そして、最初の“本気の責任”」
アドリアンの判断は、
美談ではない。
むしろ、危うい。
「……王家が、持ちこたえられるでしょうか」
「試されるわ」
私は、率直に答えた。
「でも、
ここで逃げなかったことは、
確かに意味がある」
修道院では。
リーネが、地方支援の現状についての報告書を読んでいた。
「……灌漑事業」
小さく、呟く。
かつての自分なら、
祈りで解決しようとしただろう。
だが今は、
数字と現実を読む。
「……奇跡より、時間がかかる」
隣の修道女が、微笑んだ。
「でも、その分、確実です」
夜。
王城の執務室で、アドリアンは一人、書類に目を通していた。
補填案。
財源。
失敗した場合の次の手。
「……重いな」
誰に向けるでもなく、呟く。
だが、その重さから、
目を逸らさなかった。
同じ頃、私は書斎で、静かに息を吐いた。
「……これでいい」
条件を飲んだだけでは、改革とは言えない。
責任を引き受けて、初めて、意味を持つ。
「最初の軋みを、
どう乗り越えるか」
それが、
本当の試金石だ。
第二十五話は、
誰かが称賛される話ではない。
ただ、
誰かが“先に痛みを引き受けた”話だ。
――改革は、
きれいには進まない。
だが、
この軋みを越えられるかどうかで、
この国の未来は、
確実に分かれることになる。
改革というものは、決定された瞬間に完成するものではない。
むしろ、決まった直後から――静かに、しかし確実に、軋みを上げ始める。
三者会議で「責任の所在」が明文化されてから、王城には微妙な緊張が漂っていた。
誰もが以前と同じ言葉を使いながら、同じ振る舞いをしようとして、しかしできない。
なぜなら、もう逃げ場がないことを、全員が理解しているからだ。
「……地方南部の灌漑事業が、止まりました」
執務室で、報告官が慎重に切り出した。
「理由は?」
アドリアンは顔を上げ、短く問い返す。
「領主側が、予算の再配分を拒否しています。
これまでは、王命による暫定措置で進めていましたが……」
その言葉の続きは、言わずとも分かる。
――王命による上書きが、もう使えない。
「……三者会議で合意された手続きは?」
「教会側は承認しています。
問題は、貴族側です。
責任が明確になったことで、“損をする判断”を避け始めています」
沈黙。
それは、想定内の事態だった。
責任が見えるようになれば、
当然、誰もが慎重になる。
いや、慎重というより――臆病になる。
「……逃げているな」
アドリアンは、低く呟いた。
「はい」
宰相が、はっきりと認める。
「ですが、それもまた、改革の一部です」
「分かっている」
アドリアンは、椅子から立ち上がった。
「だからこそ、ここで曖昧にしてはならない」
その日の午後、臨時の三者会議が招集された。
議題は一つ。
南部灌漑事業の再開と、予算再配分の判断。
会議室に集まった空気は、
これまでで最も重かった。
「……今回の件」
貴族側代表が、慎重に言葉を選ぶ。
「我々としては、地域財政への影響が大きすぎると判断しました」
「それは、以前から分かっていたことです」
教会代表が、静かに応じる。
「だからこそ、段階的な支援策を提案してきました」
「提案と、責任は別だ」
貴族代表は、視線を逸らさずに言った。
「失敗した場合、
我々の領地が直接打撃を受ける」
その言葉に、誰も反論できない。
責任が明確になったからこそ、
失敗は現実的な恐怖になった。
――これが、最初の軋み。
その沈黙を破ったのは、アドリアンだった。
「では、王家が引き受ける」
一瞬、会議室が凍りつく。
「殿下……?」
「今回の判断は、行政判断だ」
アドリアンは、はっきりと言った。
「制度上、王家が最終責任を負う。
貴族領への直接的な損失が出た場合、
王家が補填する」
ざわめき。
それは、
王家が初めて、
“言葉通りに責任を取る”と宣言した瞬間だった。
「……よろしいのですか」
宰相が、念を押す。
「よろしい」
即答。
「逃げ道を残した改革に、意味はない」
貴族代表は、しばらく沈黙した後、
深く頭を下げた。
「……協力します」
その一言は、
譲歩ではない。
信頼の芽だった。
一方、私は隣国の政庁で、この一連の報告を読んでいた。
「……来ましたね」
マリアが、低く言う。
「ええ」
私は、書類を机に置く。
「最初の軋み。
そして、最初の“本気の責任”」
アドリアンの判断は、
美談ではない。
むしろ、危うい。
「……王家が、持ちこたえられるでしょうか」
「試されるわ」
私は、率直に答えた。
「でも、
ここで逃げなかったことは、
確かに意味がある」
修道院では。
リーネが、地方支援の現状についての報告書を読んでいた。
「……灌漑事業」
小さく、呟く。
かつての自分なら、
祈りで解決しようとしただろう。
だが今は、
数字と現実を読む。
「……奇跡より、時間がかかる」
隣の修道女が、微笑んだ。
「でも、その分、確実です」
夜。
王城の執務室で、アドリアンは一人、書類に目を通していた。
補填案。
財源。
失敗した場合の次の手。
「……重いな」
誰に向けるでもなく、呟く。
だが、その重さから、
目を逸らさなかった。
同じ頃、私は書斎で、静かに息を吐いた。
「……これでいい」
条件を飲んだだけでは、改革とは言えない。
責任を引き受けて、初めて、意味を持つ。
「最初の軋みを、
どう乗り越えるか」
それが、
本当の試金石だ。
第二十五話は、
誰かが称賛される話ではない。
ただ、
誰かが“先に痛みを引き受けた”話だ。
――改革は、
きれいには進まない。
だが、
この軋みを越えられるかどうかで、
この国の未来は、
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