婚約破棄された令嬢ですが、国が自走し始めたので私はもう口出ししません

ふわふわ

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第二十八話 折れない線

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第二十八話 折れない線

 揺り戻しの声は、消えなかった。
 むしろ、形を変え、言葉を変え、あちこちから滲み出るように広がっていく。

 王城には、日々、嘆願書が積み上がっていた。

「制度が複雑すぎる」
「以前の方が、早く判断が下りた」
「現場が疲弊している」

 どれも、事実の一部ではある。
 だが、その裏には、もっと単純な本音が透けて見えた。

 ――元に戻してほしい。

「……溜まっていますね」

 宰相が、執務机の横に置かれた書簡の山を見て、低く言った。

「ええ」

 アドリアンは、目を逸らさずに答える。

「だが、読む」

 それは、形だけの姿勢ではない。
 本当に、すべてに目を通していた。

「“以前の方が良かった”という声が増えています」

「当然だ」

 アドリアンは、淡々と言った。

「以前は、考えなくてよかった」

 王命があれば、
 決断も、責任も、
 誰かのものだった。

 今は違う。
 意見を出し、
 説明し、
 合意を待つ。

 時間がかかる。
 疲れる。
 面倒だ。

「……人は、
 楽だった頃を美化する」

 その言葉に、宰相は静かに頷いた。

「では、どう対応されますか」

「線を引く」

 即答だった。

「譲れる部分と、譲れない部分を、明確にする」

 それができなければ、
 改革は、ただの優柔不断になる。

 数日後、
 王家は正式な通達を出した。

 制度移行期における特例措置は限定的であること。
 三者会議の手続きを省略しないこと。
 王命による即時介入は、緊急事態に限ること。

 そして、最後に、こう記されていた。

『本制度は、暫定ではない
 後戻りを前提とした改革は、行わない』

 その一文は、
 多くの者にとって、
 厳しすぎる宣言だった。

「……強硬すぎるのでは?」

 側近の一人が、慎重に言う。

「反発が、さらに広がるかと」

「広がるだろう」

 アドリアンは、否定しなかった。

「だが、
 折れる線を間違えれば、
 すべてが曖昧になる」

 改革とは、
 全員を満足させる作業ではない。

 守るべき線を、
 引き続ける作業だ。

 一方、私は隣国の政庁で、
 その通達を読み、しばらく黙っていた。

「……折りませんでしたね」

 マリアが、静かに言う。

「ええ」

 私は、頷く。

「ここで折れれば、
 今までの“責任”は、
 すべて無意味になる」

 批判を受け入れることと、
 流されることは、違う。

「……王家は、
 嫌われる役を引き受けました」

「それが、
 本当の意味での責任よ」

 修道院では。

 リーネが、地方から届いた別の手紙を読んでいた。

「……王家は、冷たくなった」

 短い文。
 怒りよりも、失望が滲んでいる。

 リーネは、深く息を吸った。

「……冷たく、なったんじゃない」

 小さく、言葉にする。

「距離が、はっきりしただけ」

 かつては、
 期待と願いが、
 すべて王家に向けられていた。

 今は、
 手続きと責任が、
 間に入る。

 それは、
 人と人の関係としては、
 健全な距離だ。

 リーネは、また返書を書いた。

『王家は、
 すべてを即座に叶える存在ではなくなりました
 でも、
 話を聞き、
 記録し、
 責任を分け合う場所は、残っています
 それが、
 今回引かれた線です』

 夜。

 王城では、
 通達に反発する貴族たちの集まりが、
 非公式に開かれていた。

「……これでは、
 身動きが取れない」

「王家は、
 我々を縛りたいのか」

 不満が、渦巻く。

 だが、
 誰も、
 正面から王家に抗議するとは言い出さない。

 理由は、明白だった。

 ――今回は、
 王家が逃げないと分かっているから。

 深夜、
 アドリアンは、執務室で一人、椅子に深く腰掛けていた。

「……疲れますね」

 誰にともなく、呟く。

 だが、その表情に、
 後悔はない。

 嫌われることを恐れて、
 線を曖昧にする方が、
 よほど楽だ。

 だが、それでは、
 また同じ場所に戻る。

 一方、私は書斎の窓を開け、
 夜風を感じていた。

「……折れない線を、引いた」

 それだけで、
 改革は完成しない。

 だが、
 線がなければ、
 改革は、ただ流れるだけだ。

 第二十八話は、
 誰かが救われる話ではない。

 誰かが、
 納得できないまま、
 受け入れざるを得なかった話だ。

 ――そして、その線が、
 折れずに残り続けるかどうか。

 それが、
 この国が変われるかどうかを、
 本当に決めることになる。
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