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第二十九話 選別される覚悟
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第二十九話 選別される覚悟
折れない線が引かれたことで、国は静かに、しかし確実に変化し始めていた。
それは成長ではない。
成熟でもない。
――選別だ。
制度が明確になり、責任の所在がはっきりし、後戻りが否定された時、
人は二つに分かれる。
その変化を引き受ける者と、
変化そのものを拒む者。
王城では、宰相が一つの報告書をアドリアンに差し出していた。
「……地方官の辞任が、三件」
「理由は?」
「“新制度では務まらない”とのことです」
淡々とした報告だった。
だが、その意味は重い。
「……逃げた、とは言わない」
アドリアンは、静かに言った。
「だが、
引き受けられなかった、ということだ」
以前なら、
その穴埋めは容易だった。
形式的な任命。
実務は部下に丸投げ。
責任は王命の陰に隠す。
だが今は違う。
「後任は?」
「推薦は上がっています。
いずれも、これまで補佐役に回っていた人物です」
「……前に出てこなかった者たちか」
「はい」
宰相は、わずかに口元を緩めた。
「責任が曖昧だった時代には、
表に出る意味がありませんでしたから」
アドリアンは、静かに頷いた。
「任命しよう」
それは、
新しい人材登用ではない。
責任を引き受ける覚悟を示した者が、
自然と前に出ただけだ。
一方、王城の外では。
非公式な集まりが、再び開かれていた。
だが、以前とは空気が違う。
「……もはや、王家を動かせない」
「揺さぶりは、効かないな」
苛立ちと、諦めが混じる。
誰かが、低く言った。
「このまま従うか、
表舞台から降りるか……」
その言葉に、
誰も反論しなかった。
選択肢は、
もう示されている。
一方、私は隣国の政庁で、
人事異動の報告に目を通していた。
「……静かですね」
マリアが、少し不思議そうに言う。
「ええ」
私は、書類を閉じる。
「大きな改革の後は、
必ずこうなる」
声高な反対は減る。
代わりに、
静かな撤退が始まる。
「……良い兆しですか?」
「痛みはあるけれど、
健全よ」
私は、はっきり答えた。
「制度に合わない人が、
無理に居座らなくなる」
それは冷たい判断ではない。
むしろ、
互いを守るための分離だ。
修道院では。
リーネが、最近の人事異動についての話を聞いていた。
「……辞めた方々は、
悪い人たちだったのでしょうか」
不安げな問い。
修道司祭は、首を横に振った。
「違います」
穏やかに答える。
「ただ、
今の役割には、合わなかっただけです」
「……それは、失敗ですか?」
「いいえ」
即答だった。
「選び直す機会です」
リーネは、その言葉を胸に刻む。
かつての自分も、
“聖女”という役割には、
合わなかった。
それは、罪ではなかった。
夜。
王城では、新任の地方官たちが、
初めての説明会に集まっていた。
「……質問は?」
宰相が問いかける。
若い官吏が、手を挙げた。
「失敗した場合、
どこまでが、我々の責任でしょうか」
以前なら、
その質問は出なかった。
出せなかった。
「失敗の内容によります」
宰相は、逃げずに答える。
「判断の過程が、
記録され、
合意に基づくものであれば、
一人で背負わせることはありません」
その言葉に、
室内の空気が、わずかに和らぐ。
「……それなら」
別の官吏が、続ける。
「やってみる価値は、ありますね」
その一言は、
制度が“生きている”証だった。
深夜。
アドリアンは、執務室で一人、
新しい任命書に署名していた。
「……残った者たちで、
やるしかないな」
それは、
諦めではない。
覚悟の整理だ。
一方、私は書斎で、
今日一日の報告をまとめながら、
静かに思う。
「……選別されるのは、
人だけじゃない」
価値観も、
慣習も、
甘えも。
すべてが、
新しい線の前で、
ふるいにかけられている。
第二十九話は、
劇的な事件の話ではない。
だが、
国が“誰と進むのか”を、
静かに決めた話だ。
――変化を引き受ける覚悟は、
選ばれるものではない。
自分で、
選び取るものなのだから。
折れない線が引かれたことで、国は静かに、しかし確実に変化し始めていた。
それは成長ではない。
成熟でもない。
――選別だ。
制度が明確になり、責任の所在がはっきりし、後戻りが否定された時、
人は二つに分かれる。
その変化を引き受ける者と、
変化そのものを拒む者。
王城では、宰相が一つの報告書をアドリアンに差し出していた。
「……地方官の辞任が、三件」
「理由は?」
「“新制度では務まらない”とのことです」
淡々とした報告だった。
だが、その意味は重い。
「……逃げた、とは言わない」
アドリアンは、静かに言った。
「だが、
引き受けられなかった、ということだ」
以前なら、
その穴埋めは容易だった。
形式的な任命。
実務は部下に丸投げ。
責任は王命の陰に隠す。
だが今は違う。
「後任は?」
「推薦は上がっています。
いずれも、これまで補佐役に回っていた人物です」
「……前に出てこなかった者たちか」
「はい」
宰相は、わずかに口元を緩めた。
「責任が曖昧だった時代には、
表に出る意味がありませんでしたから」
アドリアンは、静かに頷いた。
「任命しよう」
それは、
新しい人材登用ではない。
責任を引き受ける覚悟を示した者が、
自然と前に出ただけだ。
一方、王城の外では。
非公式な集まりが、再び開かれていた。
だが、以前とは空気が違う。
「……もはや、王家を動かせない」
「揺さぶりは、効かないな」
苛立ちと、諦めが混じる。
誰かが、低く言った。
「このまま従うか、
表舞台から降りるか……」
その言葉に、
誰も反論しなかった。
選択肢は、
もう示されている。
一方、私は隣国の政庁で、
人事異動の報告に目を通していた。
「……静かですね」
マリアが、少し不思議そうに言う。
「ええ」
私は、書類を閉じる。
「大きな改革の後は、
必ずこうなる」
声高な反対は減る。
代わりに、
静かな撤退が始まる。
「……良い兆しですか?」
「痛みはあるけれど、
健全よ」
私は、はっきり答えた。
「制度に合わない人が、
無理に居座らなくなる」
それは冷たい判断ではない。
むしろ、
互いを守るための分離だ。
修道院では。
リーネが、最近の人事異動についての話を聞いていた。
「……辞めた方々は、
悪い人たちだったのでしょうか」
不安げな問い。
修道司祭は、首を横に振った。
「違います」
穏やかに答える。
「ただ、
今の役割には、合わなかっただけです」
「……それは、失敗ですか?」
「いいえ」
即答だった。
「選び直す機会です」
リーネは、その言葉を胸に刻む。
かつての自分も、
“聖女”という役割には、
合わなかった。
それは、罪ではなかった。
夜。
王城では、新任の地方官たちが、
初めての説明会に集まっていた。
「……質問は?」
宰相が問いかける。
若い官吏が、手を挙げた。
「失敗した場合、
どこまでが、我々の責任でしょうか」
以前なら、
その質問は出なかった。
出せなかった。
「失敗の内容によります」
宰相は、逃げずに答える。
「判断の過程が、
記録され、
合意に基づくものであれば、
一人で背負わせることはありません」
その言葉に、
室内の空気が、わずかに和らぐ。
「……それなら」
別の官吏が、続ける。
「やってみる価値は、ありますね」
その一言は、
制度が“生きている”証だった。
深夜。
アドリアンは、執務室で一人、
新しい任命書に署名していた。
「……残った者たちで、
やるしかないな」
それは、
諦めではない。
覚悟の整理だ。
一方、私は書斎で、
今日一日の報告をまとめながら、
静かに思う。
「……選別されるのは、
人だけじゃない」
価値観も、
慣習も、
甘えも。
すべてが、
新しい線の前で、
ふるいにかけられている。
第二十九話は、
劇的な事件の話ではない。
だが、
国が“誰と進むのか”を、
静かに決めた話だ。
――変化を引き受ける覚悟は、
選ばれるものではない。
自分で、
選び取るものなのだから。
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