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第三十三話 試される不在
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第三十三話 試される不在
改革が連鎖となり、思考が継承され始めた頃――
王国は、ある意味で最も危険な段階に差しかかっていた。
それは、
「エルミナがいない状態で、本当に回るのか」
という試練だ。
これまでは、彼女が直接関与しなくとも、
「必要なら意見を求められる存在」として、
無言の支柱になっていた。
だが、その前提すらも揺らぐ出来事が起きる。
――西方交易路を巡る、急激な対立。
王城に緊急報告が届いたのは、早朝だった。
「西方領で、商人ギルドと地方貴族の対立が激化しています」
執務室で報告を受けたアドリアンは、即座に顔を上げた。
「原因は?」
「交易税の再配分です。
三者会議で定めた新基準に基づき、
特権的免除を廃した結果、
一部の大商人が反発しています」
沈黙。
それは、制度が正しく機能しているからこそ起きた衝突だった。
「……武力衝突の兆しは?」
「今のところはありません。
ですが、街の封鎖と物資の滞留が始まっています」
宰相が、低く続ける。
「放置すれば、
周辺領にも影響が出ます」
アドリアンは、深く息を吸った。
以前なら、
迷わず“彼女”の名が脳裏をよぎっただろう。
だが、今回は違う。
「……三者会議を招集する」
「殿下、
この件は迅速な判断が必要です」
「分かっている」
アドリアンは、はっきりと答えた。
「だからこそ、
いつもの手続きを踏む」
それは、
逃げでも、意地でもない。
エルミナが不在でも、制度が機能するかどうかを、
自分たちで証明する覚悟だった。
数時間後。
臨時の三者会議が開かれた。
空気は、張り詰めている。
「……商人ギルド側は、
“これまでの功績が無視されている”と主張しています」
貴族側代表が、冷静に説明する。
「彼らの貢献は事実です」
教会代表が、頷いた。
「ですが、
それが永続的特権の根拠になるかは、別問題です」
議論は、正面からぶつかり合った。
感情的な発言はある。
だが、
誰も“決めてくれ”とは言わない。
「……妥協案は?」
宰相が、問いかける。
若い地方官が、意を決して口を開いた。
「段階的移行です。
一年の猶予期間を設け、
新基準への移行を分割します」
「それでは、
制度が骨抜きになるのでは?」
「いいえ」
彼は、はっきりと言った。
「基準は変えません。
“時間”だけを、調整します」
沈黙。
そして、
ゆっくりと頷きが広がる。
「……責任は?」
誰かが問う。
「行政判断です」
アドリアンが、即答した。
「王家が引き受けます」
その言葉に、
室内の空気が、静かに落ち着いた。
決定は、記録され、
即日、現地へ通達された。
一方、私は隣国の政庁で、
この一連の動きを報告として受け取っていた。
「……今回は、
相談が来ませんでしたね」
マリアが、少し驚いたように言う。
「ええ」
私は、報告書から目を離す。
「それでいい」
胸の奥で、
何かが静かにほどける。
「……上手く、処理しています」
「完璧ではないけれどね」
私は、率直に言った。
「でも、
“自分たちで考えて、決めて、背負った”」
それ以上、
求めることはない。
修道院では。
リーネが、西方領から届いた相談文を読んでいた。
「……商人と領主が、
互いに不信を募らせています」
彼女は、しばらく考え、
紙にペンを走らせる。
『制度は、人を裁くためではなく、
続けるためにあります
急がず、
しかし戻らずに、
話し合ってください』
それは、
誰かに命じる言葉ではない。
彼女自身が学んだ、
距離の取り方だった。
夜。
王城の執務室で、
アドリアンは一人、窓の外を見ていた。
「……今回は」
小さく、呟く。
「呼ばなかったな」
彼女の名を。
だが、
不安はなかった。
「……不在を、
恐れなくなった」
それは、
成長の証だった。
一方、私は書斎で、
静かに紅茶を口にしていた。
「……不在は、
拒絶ではない」
試すための、
余白だ。
第三十三話は、
エルミナが活躍する話ではない。
だが、
彼女がいなくても、国が揺らがなかった
という事実を描いた話だ。
――本当に受け継がれたものは、
不在になった時にこそ、
姿を現す。
そして今、
この国は、
誰かの不在に耐えられる場所へと、
確かに変わり始めていた。
改革が連鎖となり、思考が継承され始めた頃――
王国は、ある意味で最も危険な段階に差しかかっていた。
それは、
「エルミナがいない状態で、本当に回るのか」
という試練だ。
これまでは、彼女が直接関与しなくとも、
「必要なら意見を求められる存在」として、
無言の支柱になっていた。
だが、その前提すらも揺らぐ出来事が起きる。
――西方交易路を巡る、急激な対立。
王城に緊急報告が届いたのは、早朝だった。
「西方領で、商人ギルドと地方貴族の対立が激化しています」
執務室で報告を受けたアドリアンは、即座に顔を上げた。
「原因は?」
「交易税の再配分です。
三者会議で定めた新基準に基づき、
特権的免除を廃した結果、
一部の大商人が反発しています」
沈黙。
それは、制度が正しく機能しているからこそ起きた衝突だった。
「……武力衝突の兆しは?」
「今のところはありません。
ですが、街の封鎖と物資の滞留が始まっています」
宰相が、低く続ける。
「放置すれば、
周辺領にも影響が出ます」
アドリアンは、深く息を吸った。
以前なら、
迷わず“彼女”の名が脳裏をよぎっただろう。
だが、今回は違う。
「……三者会議を招集する」
「殿下、
この件は迅速な判断が必要です」
「分かっている」
アドリアンは、はっきりと答えた。
「だからこそ、
いつもの手続きを踏む」
それは、
逃げでも、意地でもない。
エルミナが不在でも、制度が機能するかどうかを、
自分たちで証明する覚悟だった。
数時間後。
臨時の三者会議が開かれた。
空気は、張り詰めている。
「……商人ギルド側は、
“これまでの功績が無視されている”と主張しています」
貴族側代表が、冷静に説明する。
「彼らの貢献は事実です」
教会代表が、頷いた。
「ですが、
それが永続的特権の根拠になるかは、別問題です」
議論は、正面からぶつかり合った。
感情的な発言はある。
だが、
誰も“決めてくれ”とは言わない。
「……妥協案は?」
宰相が、問いかける。
若い地方官が、意を決して口を開いた。
「段階的移行です。
一年の猶予期間を設け、
新基準への移行を分割します」
「それでは、
制度が骨抜きになるのでは?」
「いいえ」
彼は、はっきりと言った。
「基準は変えません。
“時間”だけを、調整します」
沈黙。
そして、
ゆっくりと頷きが広がる。
「……責任は?」
誰かが問う。
「行政判断です」
アドリアンが、即答した。
「王家が引き受けます」
その言葉に、
室内の空気が、静かに落ち着いた。
決定は、記録され、
即日、現地へ通達された。
一方、私は隣国の政庁で、
この一連の動きを報告として受け取っていた。
「……今回は、
相談が来ませんでしたね」
マリアが、少し驚いたように言う。
「ええ」
私は、報告書から目を離す。
「それでいい」
胸の奥で、
何かが静かにほどける。
「……上手く、処理しています」
「完璧ではないけれどね」
私は、率直に言った。
「でも、
“自分たちで考えて、決めて、背負った”」
それ以上、
求めることはない。
修道院では。
リーネが、西方領から届いた相談文を読んでいた。
「……商人と領主が、
互いに不信を募らせています」
彼女は、しばらく考え、
紙にペンを走らせる。
『制度は、人を裁くためではなく、
続けるためにあります
急がず、
しかし戻らずに、
話し合ってください』
それは、
誰かに命じる言葉ではない。
彼女自身が学んだ、
距離の取り方だった。
夜。
王城の執務室で、
アドリアンは一人、窓の外を見ていた。
「……今回は」
小さく、呟く。
「呼ばなかったな」
彼女の名を。
だが、
不安はなかった。
「……不在を、
恐れなくなった」
それは、
成長の証だった。
一方、私は書斎で、
静かに紅茶を口にしていた。
「……不在は、
拒絶ではない」
試すための、
余白だ。
第三十三話は、
エルミナが活躍する話ではない。
だが、
彼女がいなくても、国が揺らがなかった
という事実を描いた話だ。
――本当に受け継がれたものは、
不在になった時にこそ、
姿を現す。
そして今、
この国は、
誰かの不在に耐えられる場所へと、
確かに変わり始めていた。
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