婚約破棄された令嬢ですが、国が自走し始めたので私はもう口出ししません

ふわふわ

文字の大きさ
32 / 40

第三十二話 見えない継承

しおりを挟む
第三十二話 見えない継承

 改革が連鎖となり、距離が保たれた関係が定着し始めた頃――
 王城では、目に見えない変化が、さらに深いところで進んでいた。

 それは、制度でも、人事でもない。
 ――思考の継承だ。

「……最近の議論、
 以前と比べて、
 ずいぶんと“前提”が変わりましたね」

 三者会議の準備室で、宰相がぽつりと漏らした。

「前提?」

 アドリアンは、資料から顔を上げる。

「ええ。
 “王家が何とかする”ではなく、
 “自分たちでどうするか”が、
 最初から置かれています」

 その言葉に、
 アドリアンはしばらく考え込んだ。

「……無意識、か」

「はい」

 宰相は、静かに頷く。

「誰かに命じられたわけではない。
 ですが、
 皆が同じ前提で話し始めている」

 それは、
 最も壊れにくい変化だった。

 命令による改革は、
 命令が消えれば元に戻る。
 だが、
 前提が変われば、
 戻りようがない。

 会議室では、
 新たな議題――教育制度の見直しが、
 具体的な形で議論され始めていた。

「地方官の研修期間を、
 最低三年に延ばすべきです」

「三年は長すぎませんか?」

「短すぎます」

 即答だった。

「責任の所在が明確になった以上、
 “分からないまま任せる”ことは、
 許されません」

 その言葉に、
 反論はあっても、
 嘲笑はない。

 理解しているからだ。

 軽く任せて、
 重く責める時代は、
 終わったのだと。

 一方、私は隣国の政庁で、
 その議事要旨を読みながら、
 小さく息を吐いた。

「……始まりましたね」

 マリアが、静かに言う。

「ええ」

 私は、頷く。

「一番大事なものが、
 表に出てきた」

 制度でも、権限でもない。
 “考え方”の共有。

「……エルミナ様の言葉が、
 直接使われていないのに」

「それでいいのよ」

 私は、即答した。

「名前が消えた時にこそ、
 本当の継承になる」

 影響を残しながら、
 姿を消す。
 それは、
 誰かにとっては不安で、
 誰かにとっては寂しい。

 だが、
 自立した組織には、
 不可欠な過程だ。

 修道院では。

 リーネが、若い修道見習いたちに、
 簡単な説明役を任されていた。

「……質問は、ありますか?」

 かつての彼女なら、
 前に立つことすら、
 苦痛だっただろう。

「聖女様――」

 呼びかけに、
 リーネは静かに首を振る。

「……今は、
 その呼び方は使っていません」

 戸惑いが、広がる。

 だが、
 彼女は続けた。

「答えを与える役割は、
 もう終わりました。
 でも、
 一緒に考えることは、できます」

 見習いたちは、
 顔を見合わせ、
 やがて頷いた。

「……それなら」

 一人が、手を挙げる。

「私たちは、
 どうやって信徒を支えればいいですか?」

 以前なら、
 奇跡の話になっていただろう。

 だが、リーネは違う。

「制度を知ってください。
 人の話を聞いてください。
 そして、
 自分一人で背負わないでください」

 その言葉は、
 どこかで聞いたようで、
 しかし、彼女自身の言葉だった。

 王城では、
 若手官吏向けの勉強会が、
 自発的に開かれ始めていた。

「……これ、
 三者会議の議事録を、
 教材に使おう」

「失敗事例も、
 載せていいんですか?」

「載せるべきだ」

 失敗を隠さない。
 共有する。

 それは、
 誰か一人が完璧である必要が、
 なくなった証だった。

 夜。

 アドリアンは、
 一日の終わりに、
 執務室で一人、考えていた。

「……彼女がいないのに、
 進んでいるな」

 寂しさが、
 まったくないわけではない。

 だが、
 不安よりも、
 確信が勝っている。

「……これでいい」

 誰かの影に隠れて進む国ではない。
 誰かを神輿に担ぎ上げる国でもない。

 自分たちで、
 考え続ける国だ。

 一方、私は書斎で、
 最後の報告を読み終え、
 静かに目を閉じた。

「……見えない継承は、
 一番時間がかかる」

 だが、
 それが始まったなら、
 もう戻らない。

 第三十二話は、
 劇的な転換の話ではない。

 だが、
 誰の名前も呼ばれないまま、
 考え方だけが受け継がれていく――
 最も確かな変化の話だった。

 ――継承とは、
 席を譲ることではない。

 考え方が、
 他人の中で息を始めることなのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平手打ちされたので、婚約破棄宣言に拳でお答えしました

Megumi
恋愛
婚約破棄を告げられ、婚約者に平手打ちされた——その瞬間。 伯爵令嬢イヴの拳が炸裂した。 理不尽に耐える淑女の時代は、もう終わり。 これは“我慢しない令嬢”が、これまでの常識を覆す話。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です

しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

公爵令嬢ですが、実は神の加護を持つ最強チート持ちです。婚約破棄? ご勝手に

ゆっこ
恋愛
 王都アルヴェリアの中心にある王城。その豪奢な大広間で、今宵は王太子主催の舞踏会が開かれていた。貴族の子弟たちが華やかなドレスと礼装に身を包み、音楽と笑い声が響く中、私——リシェル・フォン・アーデンフェルトは、端の席で静かに紅茶を飲んでいた。  私は公爵家の長女であり、かつては王太子殿下の婚約者だった。……そう、「かつては」と言わねばならないのだろう。今、まさにこの瞬間をもって。 「リシェル・フォン・アーデンフェルト。君との婚約を、ここに正式に破棄する!」  唐突な宣言。静まり返る大広間。注がれる無数の視線。それらすべてを、私はただ一口紅茶を啜りながら見返した。  婚約破棄の相手、王太子レオンハルト・ヴァルツァーは、金髪碧眼のいかにも“主役”然とした青年である。彼の隣には、勝ち誇ったような笑みを浮かべる少女が寄り添っていた。 「そして私は、新たにこのセシリア・ルミエール嬢を伴侶に選ぶ。彼女こそが、真に民を導くにふさわしい『聖女』だ!」  ああ、なるほど。これが今日の筋書きだったのね。

王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!

ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」 卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。 なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。

地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

処理中です...