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第5話 切り捨てられる未来
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第5話 切り捨てられる未来
プロフィット・ベルフラワー公爵令息は、夜明け前の書斎で一人、燭台の炎を見つめていた。
揺れる光は安定せず、わずかな風で形を変える。その様子が、今の状況そのもののように思えた。
机の上には、昨夜書き上げた書面が置かれている。
形式ばった文言、礼を尽くした言い回し。だが内容は、冷酷なほど単純だった。
――婚約の解消を申し入れる。
彼は、何度も読み返した。
そこに感情はない。あるのは、理屈だけだ。
(家を守るためだ)
自分にそう言い聞かせる。
婚約とは契約であり、愛情など二の次。損失が見込まれるなら、破棄するのが当然――。
だが、その“当然”を支える確証は、どこにもなかった。
シグネット・フレッジリン侯爵が本当に金に困っているのか。
借金があるのか。
侯爵家が傾きかけているのか。
彼は、一度も確かめていない。
確かめる前に、結論を出した。
なぜなら、確かめること自体が「損」に思えたからだ。
(もし、事実だったら?)
そう考えると、胸の奥がひやりと冷える。
その恐怖が、彼を急がせていた。
翌日。
ベルフラワー公爵邸には、数名の貴族が集まっていた。
あくまで非公式の場。だが、口の軽い者も多い。
「本日は、お集まりいただき感謝する」
プロフィットは、穏やかな声で切り出した。
「皆に、聞いてもらいたいことがある」
空気が、ぴんと張り詰める。
「フレッジリン侯爵家との婚約についてだ」
ざわめきが走った。
「近頃、さまざまな噂が流れているのは承知しているだろう」
「公爵家としては、見過ごせない内容だった」
彼は、あくまで“冷静な当主の息子”を演じる。
「熟慮の末……この婚約は、解消することにした」
一瞬、沈黙。
次の瞬間、ささやきが広がった。
「やはり……」
「そうですわね……」
誰も驚かない。
それが、プロフィットにとっては“正しさの証明”だった。
その日の午後、噂は王都中を駆け巡った。
――ベルフラワー公爵令息、婚約破棄。
――相手は、金に困っていると噂の侯爵令嬢。
噂は、いつものように少しずつ形を変えながら、広がっていく。
一方、フレッジリン侯爵邸では。
「殿下から、正式な書状が届きました」
ホリデイーが、静かに差し出す。
シグネットは、紅茶を一口含んでから、書状を受け取った。
封を切る手に、迷いはない。
内容に目を通し、彼女は小さく息を吐いた。
「……そう」
それだけだった。
「お嬢様」
ホリデイーは、わずかに眉を下げる。
「よろしいのですか」
「ええ。これでいいのです」
シグネットは、書状を机に置いた。
「むしろ、早すぎるくらいですわ」
怒りも、悲しみもない。
あるのは、すっきりとした納得だけ。
「噂が、殿下の判断を後押ししましたね」
「ええ。お金の話になると、人は早いものです」
皮肉を込めた声ではない。
事実を述べただけの口調だった。
その夜、社交界では祝杯をあげる者もいた。
「これで、クライム伯爵令嬢が……」
「次は、あの方かしら」
勝ち誇った声が、あちこちで上がる。
だが、シグネットは静かに自室の窓辺に立ち、夜空を見上げていた。
(切り捨てられたのは……)
婚約ではない。
(未来ですわね)
プロフィットが、自ら切り捨てた未来。
それがどれほどの価値を持っていたのかを、彼はまだ知らない。
「……ホリデイー」
「はい」
「これで、第一段階は終わりですわ」
微笑みながら、そう告げる。
噂は役目を果たした。
婚約は破棄された。
だが――
本当の“ざまぁ”は、まだ始まってすらいない。
静かな夜の中で、
シグネット・フレッジリン侯爵は、次の一手を思い描いていた。
プロフィット・ベルフラワー公爵令息は、夜明け前の書斎で一人、燭台の炎を見つめていた。
揺れる光は安定せず、わずかな風で形を変える。その様子が、今の状況そのもののように思えた。
机の上には、昨夜書き上げた書面が置かれている。
形式ばった文言、礼を尽くした言い回し。だが内容は、冷酷なほど単純だった。
――婚約の解消を申し入れる。
彼は、何度も読み返した。
そこに感情はない。あるのは、理屈だけだ。
(家を守るためだ)
自分にそう言い聞かせる。
婚約とは契約であり、愛情など二の次。損失が見込まれるなら、破棄するのが当然――。
だが、その“当然”を支える確証は、どこにもなかった。
シグネット・フレッジリン侯爵が本当に金に困っているのか。
借金があるのか。
侯爵家が傾きかけているのか。
彼は、一度も確かめていない。
確かめる前に、結論を出した。
なぜなら、確かめること自体が「損」に思えたからだ。
(もし、事実だったら?)
そう考えると、胸の奥がひやりと冷える。
その恐怖が、彼を急がせていた。
翌日。
ベルフラワー公爵邸には、数名の貴族が集まっていた。
あくまで非公式の場。だが、口の軽い者も多い。
「本日は、お集まりいただき感謝する」
プロフィットは、穏やかな声で切り出した。
「皆に、聞いてもらいたいことがある」
空気が、ぴんと張り詰める。
「フレッジリン侯爵家との婚約についてだ」
ざわめきが走った。
「近頃、さまざまな噂が流れているのは承知しているだろう」
「公爵家としては、見過ごせない内容だった」
彼は、あくまで“冷静な当主の息子”を演じる。
「熟慮の末……この婚約は、解消することにした」
一瞬、沈黙。
次の瞬間、ささやきが広がった。
「やはり……」
「そうですわね……」
誰も驚かない。
それが、プロフィットにとっては“正しさの証明”だった。
その日の午後、噂は王都中を駆け巡った。
――ベルフラワー公爵令息、婚約破棄。
――相手は、金に困っていると噂の侯爵令嬢。
噂は、いつものように少しずつ形を変えながら、広がっていく。
一方、フレッジリン侯爵邸では。
「殿下から、正式な書状が届きました」
ホリデイーが、静かに差し出す。
シグネットは、紅茶を一口含んでから、書状を受け取った。
封を切る手に、迷いはない。
内容に目を通し、彼女は小さく息を吐いた。
「……そう」
それだけだった。
「お嬢様」
ホリデイーは、わずかに眉を下げる。
「よろしいのですか」
「ええ。これでいいのです」
シグネットは、書状を机に置いた。
「むしろ、早すぎるくらいですわ」
怒りも、悲しみもない。
あるのは、すっきりとした納得だけ。
「噂が、殿下の判断を後押ししましたね」
「ええ。お金の話になると、人は早いものです」
皮肉を込めた声ではない。
事実を述べただけの口調だった。
その夜、社交界では祝杯をあげる者もいた。
「これで、クライム伯爵令嬢が……」
「次は、あの方かしら」
勝ち誇った声が、あちこちで上がる。
だが、シグネットは静かに自室の窓辺に立ち、夜空を見上げていた。
(切り捨てられたのは……)
婚約ではない。
(未来ですわね)
プロフィットが、自ら切り捨てた未来。
それがどれほどの価値を持っていたのかを、彼はまだ知らない。
「……ホリデイー」
「はい」
「これで、第一段階は終わりですわ」
微笑みながら、そう告げる。
噂は役目を果たした。
婚約は破棄された。
だが――
本当の“ざまぁ”は、まだ始まってすらいない。
静かな夜の中で、
シグネット・フレッジリン侯爵は、次の一手を思い描いていた。
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